――編集部から伝えられた漢字一文字を、
どのような準備をして書かれるのでしょう。
最初に、漢字の字源や意味を調べた上でその巻に収録される小説を全部読みます。読んでみて、例えば言葉や歴史についてわからないことがあれば調べます。そして個人的に興味を持った作品や戦争に付随した内容に関連する本を探して読んだり、映画を観たりして、そういう作業をまとめたスクラップをつくっています。あとは基本的に小説を読みながら付箋を貼って、気になる箇所をノートにどんどん書き写していく。戦争がテーマの作品ですけど、自分の普段の生活と照らし合わせてみると、重なるところもある。そこから惹かれたことを含めて書き出していくんです。そして全部読み終わってからその断片を見渡すと、違う小説から引っぱってきたはずの一節でも、自分の中では一貫性があるように連なってくる。それで最後にピックアップした文章の幾つかと、漢字の持っている意味が重なるところを一所懸命探します。例えば書き出した文章の中に、カバーの漢字の意味がそのまま出てきていたりする場合もある。でも実際は、読み終わると感情がものすごく揺さぶられて、人に会えなくなって ……閉じ籠もりたくなったりしています。
――その状態で書かれるんですか。
揺れたままの状況で、月報用の書を書くんです。そして月報のコラムの文章を全然整理がついていない、スケッチのような状態で書いておきます。それで、カバー用の大きい書を書いたあと、コラムの文章を直します。
――それはどの巻でも同じ順序ですか。
同じです。同じじゃないと、どの作業も難しくなりそうなので。
――月報の書は、筆だけではなく、木端(こっぱ)やクレヨンや鉛筆を使ってみたりと、筆記具も随分替えているとのことですが。
小説を読んでいる時に、こういう感触のもので書こうという思いが直感的にあって、読み終えると辺りを見渡して、これだという道具を見つけるんです。それで書いてみて、また書いてみてを繰り返して、ああ、こういう感じかなっていう感覚を探す。この時に何を確かめているのかというと、字の形も探すし、あと、体、特に腕をどういうふうに動かして、力をどれくらい入れて字を書けばいいかということを探しています。それで形を一つ決める。今回の全集では、月報の書で見つけた書き方に寄りそって仕上げたいといった思いがあるので、カバーに使う大きい書を書く時は、書き方など、改めて探ってはいけないと、あえて自分に言い聞かせています。
月報の書はA4ほどの大きさの紙に書いていますけれど、カバー用の書はそれに比べるとかなり大きい。大きいものを書き始めると、体の動きも大きくなるので、月報の書で決めたことが簡単に変えられるし、違うふうにも書ける。大きい書というのは、書けば書くほど新たな発見をしてしまって、先へ先へ行ってしまえる。そのことを知っているので、大きい書はたくさん書いていません。ただ、たくさん書かないと決めつけているわけでもなくて、たくさん書かないうちに、これでいいと思える書が出てくる。もしこれが普段の自分の作品だったら、もっと書くかもしれない。でも、もっと書けば変わる、もしくは変わる可能性があるから、今回はそこでやめようって考えています。
――カバー用の書は、どのくらいの枚数を書かれるんですか。
普段の作品は、百枚とか、もっと書きます。だけど今回は十枚くらいです。あり得ないです、自分のこれまでの作品のつくり方からすると。だから、いつもはもっと書き込んでいくことで力のコントロールができるようになりますけど、今回は筆圧が強過ぎて紙に穴があいてしまったりするものもあります。それでも月報の書で掴んだ力の入れ具合のイメージで、その強さのままで書きたいんです。
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