『書楼弔堂 炎昼』著者インタビュー

虚と実のはざまに生まれる物語

[3]日の当たらない人々への賛歌

──最終話「常世」では、想い人を亡くした松岡が新体詩と決別し、柳田國男として生きてゆくことを選択するまでが描かれます。

 柳田國男という人の人生も、青年時代とそれ以降とでうまく繋がっていない気がします。浪漫主義の新体詩人が文学を捨て、やがて郷土学を経て民俗学を作りあげる。そこには明らかにギャップがあるわけだけど、大きな転向はない気もする。ならばなぜそういう変化が起こったのか、評伝を読んでも納得できない。成長するきっかけはあるんだけど、飛躍的に方向転換する原因になるような実体験が、柳田の人生には見当たらない。失恋くらいですね。なら、その動機となったのは、実体験ではないのではないかと。思索の末の変化であれば、読書は有効な糧になりますからね。

──厳しかった祖父の死を経験し、塔子の心も揺れ動きます。彼女のその後の人生も気になるところですね。

 一巻同様、主人公は最後まで成長しないんです。読み始めた方はおそらく、塔子が女性解放のために立ち上がるというような展開を予想するんじゃないかと思うんですが、そんなことには一切ならない。本をいくら読んでも人間は成長しない、というのがこのシリーズの基本スタンスで(笑)。明治を舞台にすると、どうしても社会に立ち向かっていこう、という話になりがちなんですけど、世の中はそんな立派な人間ばかりじゃないですよ。立派でないからといって、罵られたり蔑まれたりする筋合いはない。立派でない人たちが誰にも迷惑をかけず、本を読みながら、ひっそりと生き延びていく。そんな話もいいかなと。

──近々『小説すばる』で連載が開始されるというシリーズ第三弾は、どんな作品になる予定ですか?

 五年おきスタートなので、明治三十五年が舞台ですね。今度はおじいさんでしょう。新時代になじめない人なんでしょうね、きっと。頑固で、懐古趣味で、一般的には嫌われるタイプですね。いや、そういう人だって、本は読むでしょう。そんなじいさんが『破曉』で名前だけ出てきた胃弱の文学者なんかとからむと、面白いのではないかと。前作には僕の他の小説とリンクするキャラクターが出てきたんですが、次作にもその手の人物を登場させる予定です。勝海舟が死んでしまって、ちょっと淋しいので。

──弔堂の主人の過去も少しずつ明らかになって、ますます先の展開が気になります。本好きはもちろん、歴史好きも楽しめる懐の深いエンターテインメントだと感じました。

 今回本にするために読み返してみたんですが、見事になにも起こらない小説ですね。殺人が起きるでもなければ、色恋沙汰もなく、ひたすら本屋で話して終わりという小説です。それでも面白いと言ってくださる奇特な方がいて、連載が続くことになりました。いつでも打ち切れるシリーズなんですけどね。どうやら書かせていただけるようですので、面白くなるように努力します。

  • 本の魅力に目覚めた女性が主人公
  • 現代にも通じる明治の番組
  • 日の当たらない人々への讃歌
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