ミムラ 今回の新作『ヒア・カムズ・ザ・サン』も読ませていただきましたが、バランスが絶妙ですね。基本的にみんないい人で勤勉で前向きというテイストはあるんですが、決してすべての出来事が好転しているわけじゃない。ハイライトの部分だけだと読んでいて鼻白んじゃうこともあると思うんですが、その中にちゃんと陰があるのが読んでいて安心しますね。

小路 インフレーションしないようには気をつけているつもりです。

ミムラ あとですね、不思議だなと思うのは、このシリーズの帯には必ず「懐かしい」という言葉が入っていますよね。でも私たちの世代は「寺内貫太郎一家」とか知らないわけです。

小路 僕が一〇代の頃だから当然知らないですよね。

ミムラ でも知らないのに懐かしいと思う。この感じ、何だろうと思って。ターゲット的にこの世代に向けてというのはあるんですか?

小路 まったくないし、考えないですね。

ミムラ たぶんそのせいですね。ある世代に向けてノスタルジーを語るとそれだけで小説の雰囲気って変わってしまうし、私たちには伝わってこないと思うんです。知らないのになぜか懐かしいと思える。そして小路さんや堀田サチさんを演じた加賀まりこさんが懐かしいと思う感じと私が思う懐かしさの感じがそれほど遠いとは思えない。その感覚がすごく心地いいんですね。

小路 それはすごくうれしい感想です。

ミムラ もう一つ、このシリーズの一番の魅力だなと私が思うのは、堀田家の家族の距離感なんですね。ちょっと物騒な話をしてしまうと、世の中の殺人事件の半数以上が親族間という現実。

小路 そうなんですよね。血縁者の諍いが実は一番怖いんです。

ミムラ 血縁者で、離れられないという思い込みが悲劇的な事件を生むんですね。私が堀田家の人々を見ていていいなと思うのは、お互いに対しての尊重と距離感がちゃんとあることなんです。すごく近いところでぎゅうぎゅうに暮らしているんだけれど、この人たちの精神世界ってそれぞれ離れているんですよね。

小路 そう、普通は努力しなければその距離感を保てないんだけれど、堀田家は努力しないでも距離感を保てる人間が集まっているんです。まあ、意識的にそういうふうに書いてはいます。

ミムラ ええ、古本屋さんという設定もよくて、みんな知的ですよね。感情的になるところがあっても、ここは踏み込んではいけないっていうところはお互いにちゃんとわかっている。あんな過去を持つ藍子のことをほっとける家族って現実にはいないと思うんですよ。

小路 いないいない。でも僕自身、家族に対して希薄な感情しかなかった人間だから。だって、幼稚園の頃に早く家を出たいと思っていたんですよ。

ミムラ 早い、それはかなり早い(笑)。

小路 あの江戸川乱歩の小林少年だってそうだし、当時のいろんなアニメのヒーローも、少年は全員一人だったんですよ。

ミムラ 確かにそうですね。

小路 俺も早くあんなふうに自由になりたいとずっと思ってたの。だから家族への思い入れがほとんどない。

ミムラ それがいいんだと思います。登場人物が全然無理してない。私も堀田家に入ったら自分が自分でいられて気持ちいいだろうなって思いますよ。で、風通しがいいだけではなく、お天道様はちゃんと見てるぞという世界観がちゃんとある。そこもほっとする一因だと思う。

小路 悪いことをしたら罰が当たるぞっていう堀田家の掟、そこだけは外さないようにしています。

ミムラ 『東京バンドワゴン』をきっかけに、そう言える世の中になってほしいですよね。次回作も楽しみにしています。

みむら●女優
1984年埼玉県生まれ。2003年、ドラマ「ビギナー」でヒロインを務め女優デビュー。主な出演作に、映画「着信アリ2」「この胸いっぱいの愛を」「わが母の記」等、ドラマ「いま、会いにゆきます」「梅ちゃん先生」「昨夜のカレー、明日のパン」等多数。女優業の傍ら執筆活動も精力的に行い、著書に『ミムラの絵本日和』『ミムラの絵本散歩』がある。

しょうじ・ゆきや●作家。
1961年北海道生まれ。著書に「東京バンドワゴンシリーズ」をはじめ、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(メフィスト賞)『Q.O.L.』『東京公園』『夏のジオラマ』「探偵ザンティピーシリーズ」『すべての神様の十月』『壁と孔雀』『スターダストパレード』『みんなの少年探偵団 少年探偵』等多数。