加賀 シリーズの新作『オール・ユー・ニード・イズ・ラブ』もよかったですよ。私ね、話の主役はきっと若い研人(けんと)君や花陽(かよ)ちゃんに行くんだろうなと思ってたの。だから、ああ、やっぱりと思いながら楽しく読みました。研人君が高校に行かずにミュージシャンになるためにロンドンに行くんだと言い出して、堀田家にひと騒動が起こる。これを大人たちはどうするんだろう。彼を納得させるのは大変だろうなと思って読んでいたの。
そうしたら、最後に研人君がマードックさんに連れられて国立博物館へ行くでしょう。あれはものすごくグッドアイディア。詳しくは本で読んでいただきたいけど、若い彼を納得させるものをそこで見せるのよね。あのシーンが好きですね。
小路 僕もずっとミュージシャンになりたくて、結局、なれなくて作家になっちゃった人間なんです。でも、作家になってからいろいろとミュージシャンの方とお話しする機会に恵まれまして。何者かで生きるためにはどうしたらいいか、何を考えたらいいのかということを、いろんな方にお聞きしているんです。自分の持っている何かだけで生きていくということを職業にする人間。それは一体何だろうということを知りたいと思って、話を聞いてきた。それをこの物語でもきちんと書かなきゃだめだろうという思いがあって、今回、研人を表に出してちょっと語らせてみたんです。
実は研人をミュージシャンにさせてイギリスに行かせようという展開は、最初からずっと頭にあったんです。
加賀 音楽業界でロンドンに行くというのは、確かに昔はありましたよね。今行って、それほどインスパイアされるのかどうかわからないけど。
小路 そう、今はそういう時代じゃないんですが、それをあえてここでやってみようかなと。僕は結構古くさいことばっかり書いてますけど、でもそれは今だって普遍的に通じるものなんだということをきっちり書きたいからなんですね。
加賀 まあ、私も二〇歳で全部放り出してパリに行っちゃったし、行ってみて、その時間は決して無駄ではなかったしね。
小路 ええ、知ってます。ものすごく潔いというか男前というか(笑)。パリではトリュフォーとかゴダールと交流があったというお話も読ませていただきました。
加賀 あの頃は、どこかゆえなき自信があって、もう二〇歳で女優はおしまい、なんてね。だって普通の家に育ったのに、あるとき貯金通帳を見てびっくり。二〇歳でこんなにお金を持っているなんて普通じゃないわと思ったの。やたら週刊誌がうるさく書くのも嫌で飛び出して、パリで思い切り発散してきたという感じです。たまたまホームステイ先が社交界で有名な方の家だったので、普通会えないような人にもいっぱい会えたし、いい体験だったと思いますよ。それで、貯金を使い果たして帰ってきた(笑)。
小路 やっぱり男前です(笑)。僕は今五三歳なんですが、そういう昔の感覚を今の人たちに伝えられる最後の世代じゃないかなと思うんです。戦後のことも戦中のことも、父や母、あるいは祖母や祖父から聞いているし、あの頃の日本の空気を幼いながらも感じ取って知っている。 そういうものを小説の中できちんと表現していきたいなと思っているんです。その意味でも『東京バンドワゴン』は大事にして、ずっと書いていこうかなと思っています。
加賀 ぜひ。ぜひ読みたいです。続けてください。私はね、今までのシリーズでは『マイ・ブルー・ヘブン』が一番好きなの。私と、あ、サチさんと堀田勘一(かんいち)の馴れ初めを描いた巻ね。あの巻では『東京バンドワゴン』の土台の部分がわかるし、疾風怒濤のようにドラマが動いて、とても面白く読みました。
小路 ああ、そうですね。ただその勘一も小説の中で歳をとっていってるので、何歳まで生きられるか。
加賀 そうね。今回で八六歳か。でも、元気な人って不思議に元気ですからね。私の知り合いでいうと、画家の堀文子(ふみこ)先生。九五歳なのに、頭なんかもうすっごいクリア。ばりばりよ。だからそれは大丈夫。ぜひ続けて書いてください。
小路 そうですね。とりあえず勘一は九〇までは確実に生きてもらうつもりですので、私もあと五、六年、いや七、八年は頑張って書きます(笑)。
かが・まりこ●女優。
1943年東京都生まれ。62年「涙を、獅子のたて髪に」で映画デビュー。最近ではドラマ「花より男子」シリーズ等、映画「スープ・オペラ」「神様のカルテ」等、2013年、自身では初の新橋演舞場での舞台「さくら橋」に出演する等、幅広く活躍中。著書に『純情ババァになりました。』等。
しょうじ・ゆきや●作家。
1961年北海道生まれ。著書に「東京バンドワゴンシリーズ」をはじめ、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(メフィスト賞)『Q.O.L.』『東京公園』『夏のジオラマ』「探偵ザンティピー」シリーズ、「スタンダップダブル!」シリーズ、『蜂蜜秘密』『娘の結婚』『札幌アンダーソング』等多数。