小路 加賀さんも神田界隈が生活圏で、下町の雰囲気もよくご存じだったわけですよね。

加賀 ええ。下町っ子ってみんなそうなんだけど、ほっておかれたんですよ。私もそうでしたね。小学校のときの同級生は、お豆腐屋さんとか、大体おうちが商いをやっていて、夕方になるとお母さんが「ご飯だよー」って声をかけて、みんな帰っていくのね。うちはサラリーマンだったので、お母さんにご飯だよと呼ばれなかった。だけど、その頃の日本って、お隣のおかずを見て、自分のお茶碗とお箸を持って隣んちでご飯食べたりしてましたからね。で、おばちゃんたちがよく子どもたちを𠮟ってくれましたよね。私はほんとにいい時代に生まれて育ったとつくづく思っています、今のこのご時世を見るにつけね。

小路 今はもう茶の間なんていう言葉が全然聞かれなくなっちゃいましたね。

加賀 ほんとに。だから私『東京バンドワゴン』の、大勢でにぎやかに話が飛び交う茶の間の食卓風景がとっても好き。うちなんかもどんどん人が減っちゃって、今は大人ばかり三人暮らしですけど、食卓って大事だなって思います。

小路 あの食卓シーンは毎回苦労するんです。誰が言ったと書かずに台詞だけでつないでいくので。

加賀 いや本当にうまいですよ。ドラマの脚本も書いていただきたかったくらい。

小路 いやそれは餅は餅屋に任せてということで。ただ、台詞回しは、僕はテレビドラマを書くつもりで書いているんです。話の切れ具合は大体一五分間隔で、細かく書いています。

加賀 だからテンポがいいのね。朝の食卓風景でもう一つ私がいいなと思うのが、いつもおいしそうなおかずが出てくるでしょう。レンコンの金平(きんぴら)とか季節野菜の胡麻和(ごまあ)えとか、まあ、よくご存じねといつも感心するの。読んでいるとお腹がすいてきちゃうくらい、おいしそうで、本当に豊かな食生活だなと思う。これ、私、明日つくってもらうわっていうおかずが絶対出てくるのね。

小路 そう言っていただけるとうれしいです。料理はある程度できますけど、全然勉強もせずに、ただ頭に浮かぶものを書いているだけなんですけどね。

加賀 それと花にもお詳しいですね。小説のところどころに、木々の様子や花の様子が詳しく書かれていて、季節の移ろいを感じさせてくれる。今回の新作にも「秋海棠(しゅうかいどう)」とかいう名前の難しい花が出てきていましたね。

小路 詳しく読んでくださって、ありがとうございます。花の名前に詳しいのは昔花屋さんでアルバイトをしていたことがあるからなんです。お客さんにいろいろ聞かれるので、一生懸命勉強したことがあって。そういう意味では人生ほんとに無駄なことってないですね。

かが・まりこ●女優。
1943年東京都生まれ。62年「涙を、獅子のたて髪に」で映画デビュー。最近ではドラマ「花より男子」シリーズ等、映画「スープ・オペラ」「神様のカルテ」等、2013年、自身では初の新橋演舞場での舞台「さくら橋」に出演する等、幅広く活躍中。著書に『純情ババァになりました。』等。

しょうじ・ゆきや●作家。
1961年北海道生まれ。著書に「東京バンドワゴンシリーズ」をはじめ、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(メフィスト賞)『Q.O.L.』『東京公園』『夏のジオラマ』「探偵ザンティピー」シリーズ、「スタンダップダブル!」シリーズ、『蜂蜜秘密』『娘の結婚』『札幌アンダーソング』等多数。