イベントレポート
「文学と音楽の地平線」
北方謙三×橘ケンチ

【第三部】質疑応答
『チンギス紀』への思い
「たちばな書店」への思い

北方 何もありません。実は、チンギス・カンについては、四十歳くらいまでわかっていないことが多いんです。『チンギス紀』では、まだテムジンという幼名ですが、彼は私が書いたテムジンです。だからモンゴルの人からするとかなり感覚が違うと思います。「大水滸伝」もそうですが、日本の作家が日本人の読者に向けて書いたもの。だから情念のありようとかも随分違うと思いますね。

橘 特に、蕭源基(しよう げん き)とテムジンの別れのシーンはすごく好きですね。まだ十代のテムジンが、お世話になった蕭源基のもとを出発する朝、蕭源基は見送りには出てこないんですよね。

北方 男の別れってそういうものです。出発する前の晩に、蕭源基は中国の歴史書『史記本紀』をテムジンに渡そうとする。でもテムジンは断って、「そういう歴史は俺がつくります」と言う。あれは書けてしまったんですよ。私は一行先を考えながら書くんですが、ときどき考えないで書けてしまうことがあるんです。

橘 あれは格好よかったですね。その後、赤牛・青牛と呼ばれていたテムジンと従者のボオルチュに対して、蕭源基が「二人は、私の人生の色どりになった」と言うんです。お見事という感じでしたね。

北方 蕭源基は、私が創作した人物です。女郎屋の親父なんだけど、実は本がものすごく好きで書肆(書店)もやっている。若いテムジンを見込んで、彼に延々と『史記本紀』を朗読させるんだけど、それ以上何か教えたり助言したりするわけでもない。蕭源基という人物はわりと気に入ってます。まだ生きているので、また出てくるかもしれません。

橘 ぜひお願いします!

橘 「たちばな書店」のブログサイトでは、僕自身が薦める本はもちろん、ファンの方に投稿していただいたお薦め本も紹介しています。僕自身は、率直に感じたこと、その本との出合いなど、等身大で包み隠さず書くよう心がけています。ただし、書評というわけではなく、僕という人間はこう感じましたという、あくまでも一例です。だから、皆さんにも、本を読んで自分はこう思ったということをぜひ書店に投げかけていただきたい。それを読んで、こういう考え方もあるんだとか、私と同じ考えを持っている人がいるんだなと思う。そんなたくさんの思いがどんどん伝播していくことが「たちばな書店」の大きなテーマです。

北方 今、いいなと思ったのが、自分が読んだ本を薦めるということです。普通は、あの新聞の書評に出たとか、ベストセラーの一番から十番までとかになりかねない。でも一番大事なのは、自分で読んだ本、ということですよね。

橘 ありがとうございます。この企画を始めて、まだ一年ちょっとですが、本好きな人に出会えたり、今日のようなすばらしい機会をいただいたりする中で、相乗効果でいろんな新しい価値観が生まれていることに気づくんです。

北方 私が一生懸命書いたものをきちんと読んでくださる。そうすると、「たちばな書店」に並ぶわけですよ。これは新しい出会いですね。

橘 はい。自分の中でもいいサイクルができてきたなと思っているので、これからも皆さんと共に、本を通じた素敵な出会いを楽しんでいけたらと思っています。

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