橘 お話、とてもおもしろかったです。
北方 何とかして、こちらにひきつけたかった……(客席に向かって)少しはこっちも見ろよ(笑)。
橘 本当に光栄です。今日はよろしくお願いいたします。
北方 よろしくお願いします。橘さんは、いつごろから本がお好きなんですか。
橘 もともと二十代前半ぐらいまでは漫画好きだったんですが、二十五歳ぐらいから本を読むようになったんです。このままじゃいかんなと思うようになって。
北方 本を読むようにならなくちゃいかんということ?
橘 いえ、自分が何か変わりたいなと思ったタイミングがあって、ちょうどそのとき、本屋に行く機会が多かったんです。本からいろんなインスピレーションをもらっていましたね。
北方 EXILEのメンバーになられたときには本がお好きだった?
橘 そうですね。そのとき、もう既に本は読んでいました。僕はEXILEに後から加入したタイプだったので、メンバーなんだけど、EXILEに憧れてる人間だったんです。
北方 なるほどね。
橘 加入したばかりのころは、早くEXILEの一員として認められるようにと必死でした。そんな中で、大変なことがあったときに、本からたくさんの言葉をもらっていました。
北方 そうですか。私はね、読者にパワーを与えられているかどうかはわからないんですけど、たまに読者と交信する感覚を持つことがある。その経験から、ミュージシャンの友人に「たった一人に向かって歌え」って言ったことがあるんです。かわいい子を見つけて、その子に向かって歌うんじゃなく、顔も見えない、声も聞こえない、存在もない。でもじっと耳を傾けてくれるたった一人に向かって歌えと。それが何千、何万通りみたいになったら、一つのステージになるんだと。でも彼は「ステージは違うんです、パッションですよ」って言い返すんですね。吉川晃司という男です。
橘 吉川さんなんですね。すごい。
北方 吉川君もすごく本好きなんですよ。しかも、読むのが早いうえに、ものすごく検証をする。「これは史実なんですか」って夜中に電話してくるから、「それは俺がつくったんだよ」って言うと、「ふん」とか言ってね。
橘 追求されるタイプなんですね、気になることがあると。
北方 何か突き詰めたいんでしょうね。彼が言った《ステージはパッション》というのが、最初はピンとこなかったんだけど、そのうちいろんなロックバンドのライブに行くようになったんですね。すると、みんな周りで跳ねていて、歌詞が聞き取れなかったりするんだけど、ステージのところに何か熱気を感じる。ああ、あれがパッションなんだなと思えるんですよね。
橘 ありますよね。ステージの上って、何かが渦巻いていますよ。
北方 やっぱりそうなんですね。
橘 僕も踊っていて思いますし、ボーカリストは多分もっと思うんでしょうね。僕らダンサーは、声を発してもマイクがないのでまったく届かないんですが、ボーカリストの声はマイクを通すので、ドームでも奥まで行き渡るんです。きっと僕らとはまた違う感覚で、ステージの上で何か神聖な感覚を味わっているんだろうなと思いますね。
北方 確かに。ライブハウスとか、変な気流が渦巻いているよね。周りの人がバーンて跳ねたら、誰かが「ライブ」って叫ぶわけ。何を言ってんだとよく聞いたら、「ダイブ」って言っていた。
橘 ダイブ!
北方 そう。それを何回も見ているうちに、私もダイブしてみようと思ったんです。下北沢のライブハウスで「ダイブ」って叫んだら、周りにずらっと人が来て持ち上げられて、「落とすなよ、落とすなよ、じじいだから死ぬぞ」って言いながらずっと運ばれて、ステージまで送られて、最後に「よくいらっしゃいました」って言われて(笑)。
橘 ええ! そもそも北方先生、下北沢のライブハウス行かれるんですか!
北方 行きますよ。SHELTERとか。
橘 うわー、すごい。勝手に親近感がわきました。でも今日のイベントのお話をいただいて、僕も驚きましたけど、多分僕の父親が一番驚いていると思います。父親は昔から僕に「本だけは読め」って言っていたんです。「おまえ、何をやったっていいけど、本だけは読め、中身を磨け」という人で。それもあって、本を読むようになったのかなと思うんですけど、その父親が北方先生の大ファンなんです。先生の本はほぼ読んでいるそうです。
北方 いや、そういう方のおかげで私の生活は成り立っている(笑)。
橘 先生の「大水滸伝」シリーズ、一千百万部ってすごいですよね。
北方 いやいや。五十一巻と長いですからね。「大水滸伝」というのは意外に女性のファンも三割くらいいるんです。
橘 歴史ものは男子が好きなイメージですが、そうなんですね。
最新作の『チンギス紀』、読ませていただきました。それで今日、この作品がどこまで続くのかお聞きしたかったんです。
北方 チンギスが死ぬまでは書くつもりでいるんです。だから十数巻になると思いますね。
橘 じゃあ、あとまだ十冊以上出るということですね。本当に楽しみです。
『チンギス紀』の中に「馬は、乗りたい時に乗ればいいというものではなく、毎日の手入れが必要なのだ。走らせないと、ただの駄馬になる」と書いてあって、それが僕の心にすごく響いたんです。毎日、ダンスのトレーニングをしようと思いました。自分も馬の気持ちになりまして。
北方 なるほど。モンゴルがかつて日本に攻めてきたとき、強い騎馬隊ではなく歩兵でやって来た。なぜなら、馬を三日間、船に乗せて動かさなかったら走らなくなってしまうんです。
橘 そうかそうか、元寇のあの絵ですよね。確かに、モンゴル側に馬がいない!
北方 そうそう。馬だって、三日走らせないと走らなくなる。小説家だって、三日書かなかったら、原稿用紙一枚書くのに丸一日かかったりしますからね。
橘 僕はそれが本当に刺激になりました。
北方 そうですか。
橘 はい。ダンサーとして、僕は三十代後半なんで、肉体的に、何もしなかったらパフォーマンスが落ちるんです。
北方 まだいけるでしょう。
橘 もちろん、いけるとは思うんですけど、でも努力を怠ったら、多分すぐ落ちるなと思います。
北方 私は何日かまともに書かないときがあるんです。要するに飲んだくれたりして。でも次に書くとき、ばっと書けるんです。なぜかというと、酔っ払って帰ってきても、一枚だけ書くようにしているから。翌日見ると使い物にならないんだけど、それを続けていると、すっと書けちゃうんですよ。
橘 それはすばらしいです。
北方 そういうトレーニングも結構必要なんだろうと思います。
橘 そうですね。やっぱり習慣にするって大事ですよね。先生は、他に何か習慣にされていることがあるんですか。
北方 私は大体午前中に少し体を動かして、午後からずっと原稿を書く。そして夕方になると犬と一緒に歩くんです。ジョギングしている人には追い抜かれるけど、歩いてる人に追い抜かれたことはないんです。犬に「俺はなんでこんなにだめなんだろう、昨日も酒を飲んでしまった」って愚痴をこぼしながら歩いてます。
橘 お酒の懺悔をしてるんですね(笑)。
北方 で、戻ってから、ちょっと筋トレをやってっていうぐらいですね。
橘 何かスポーツをされていたんですか。
北方 十八歳まで柔道をやっていました。
橘 柔道なんですね。
北方 受験勉強でやめたとたんに、一緒に柔道をやっていた連中は、みんな肥えはじめた。
橘 普通はそうでしょうね。
北方 でも私はやせはじめた。自分はなんて格好いいんだろうと思っていたら、肺に穴が開いていたんですよ。
橘 肺に穴!? 怖いですね。
北方 大学の受験のためにレントゲン写真を撮ったんです。そしたら、肺結核だった。結果大学受験ができなかったんです。挑戦して負けたんならしようがないと思う。でも挑戦できなかったというのが何か世の中の不条理を感じましたね。
橘 そういった挫折も乗り越えて、作家の道へ進まれたんですね。
北方 十年間ずっと書けども書けども活字にしてもらえないという時期がありましたが。
橘 十年ですか。
北方 友人や親戚から、絶対にやめろとか、いいかげんにしろとか、「小説家なんて人間のくずだ」なんてぼこぼこに言われた。でも親父だけは「男は十年だ、十年同じ場所でじっと我慢できるかどうかで決まるものがある」って言ったんです。
橘 やっぱり父親の言葉は偉大ですね。
北方 当時は何言ってやがるんだと思いました。でもそう思いながら、作家として忙しくなっていった。そしたら、あるとき親父は六十歳でぱたっと死んじゃったんです。会社で死にましたので、遺体を家に運んで寝かせて。そんな中、私はちゃぶ台で原稿を書いてたんですよ。翌日が週刊誌の締め切りだったから。線香を絶やさないようにして、書きながら、親父が「十年」って言ったんだよな、いいこと言ったじゃねえかと。
橘 今のお話でいろんなことを感じました。僕も父親に本だけは読めよと言われたのが今でもすごく心に残っている。そのおかげもあって、今日、この場に呼んでいただけましたし。
北方 橘さんは、本に対する愛情があり、情熱があり、さらには「たちばな書店」の店主をされている。それはもう、大変すばらしいことですよ。
橘 僕はいろいろ本に救われたという思いがあるので、本の力というものを多くの人に伝えていきたいなと思って、この企画を始めたんです。でもいったん始めたら、もうやめられない。だからある意味自分への負荷として、ずっと一生本とつき合っていくという、自分にとっての挑戦でもあるんです。
北方 大丈夫ですよ。八十五歳まで、たちばな書店の店主。
橘 いいですね。
北方 八十五歳でまだ生きてたら、そこから小説を書く。
橘 八十五歳から……何を書こうか悩みます。
北方 自分のことをお書きになればいい。人は一冊は自分の小説を、リアリティーを持って書けると言われていて、EXILEと書店の店主を続けていったら、すばらしい小説が書けると思いますよ。
橘 でも、長く続けることは大事ですよね。それで言うと、うちの会社(株式会社LDH JAPAN)では、二〇一〇年からサッカー少年を応援する「EXILE CUP」というフットサル大会を開催したり、二〇一二年からは「中学生Rising Sun Project」
といって、「Rising Sun」という曲で全国の中学生と一緒に踊って、東日本大震災の復興につなげよう、といった活動もさせてもらっているんです。どちらも長く続けることで、どんどん大きく広がっていくのを最近すごく感じます。
北方 何でも継続は力。ずっと続けていれば何かが出てくるんですよ。
橘 そう仰っていただいて励みになります。「たちばな書店」も長く続けていきたいですね。
北方 これは本当に続けて広げてほしい。だって本っていいものですから。ただの紙だけど、そこに無限のものが詰まっている。無限のものを感じられる人生ってすばらしいですよ。
橘 本当にそう思います。
北方 そんな活動をされている橘さんに、私はシンパシーを感じている。「たちばな書店」のメインの作家になりたいな。
橘 本当ですか? ぜひよろしくお願いします。先生、確実に録音もされていますからね!(会場大拍手)