浮雲心霊奇譚

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対談

小説家・神永学 × 落語家・柳家権之助

7月某日、お江戸日本橋亭にて【柳家権之助落語会】が開催されました。
神永学氏も途中で登壇し、柳家権之助氏との対談が実現! その一部をお届けします。

柳家権之助(以下、権之助) 本日はお越しいただき、ありがとうございます。

神永学(以下、神永) こちらこそ、お招きいただきましてありがとうございます。こうやって多くのお客さんの前に出ると緊張しますね。

権之助 いやいや、神永先生はメディアによくご登場されているじゃないですか。

神永 人前で喋るのが苦手だから書く仕事をしてるんですけど……(笑)。でもお願いされたら何でもやります!

権之助 そうだったんですね(笑)。さて、今日は「浮雲心霊奇譚」シリーズについて、いろいろとお聞きしたいと思います。まず、僕が神永先生の作品に出会った経緯からお話しすると、コロナ禍のステイホーム期間中に何もすることがなかったんですね。そのときに「本を読んでみよう」と思って『青の呪い 心霊探偵八雲』を手に取ったのがきっかけです。それがすごく面白かったので、シリーズ通して読んで、次に「浮雲心霊奇譚」に入ったわけです。

神永 ありがとうございます。嬉しいです。

権之助 お恥ずかしながら、これまで本を全然読んでこなかったので、「こんな500ページ近くもある分厚い本を読めるかな?」と思ったけど、一日で読んじゃいました。それくらい面白くて読みやすかったんです。この圧倒的な読みやすさって神永先生の作品の特徴だと思うんですけど、文章を書く上で気を付けていらっしゃることは何かあるのでしょうか?

神永 デビュー当時、担当編集者に「己の中で浮かんだ言葉以外を使うな」と言われたんですね。「人間というのは、よく思われたい、かっこいいと思われたいという気持ちがあると、かっこいい文章、かっこいい表現を使いたがる。でも、自分の中で生まれた言葉じゃないと、中身がない表現になってしまう」と。それは今でも意識しています。言葉を増やすために一冊でも多くの本を読んで自分の引き出しに入れますが、書くときに自然と出てこないようなら、それはまだ“自分の言葉”ではないから使いません。

権之助 小説家を目指す方には参考になりそうなお話ですね。

神永 それに、実は僕も高校を卒業するまで本を全く読んでこなかったんです。読書=勉強だと思っていた。でもその後「本は映画や漫画と一緒で楽しむものだよ」と言われて、薦められて読んだ本がすごく面白かったんです。そういう読書体験があったからこそ、自分の作品を読んでくれる人には「本は面白いものなんだ」と思ってもらいたい。そんな気持ちで書き続けています。

権之助 “読書の入口になるのが、デビュー当時からの目標”だと仰っていますものね。さて、今回は『火車の残花』を落語にアレンジせよ、とのご依頼を集英社からいただいたところから始まったわけですけど、もともと「浮雲心霊奇譚」はどういう経緯で始まったんですか? 「心霊探偵八雲」を書いているときに構想を練られたのでしょうか?

神永 刊行順で言えば、「八雲」のほうが先なんですけど、僕の構想では「浮雲心霊奇譚」のほうが先だったんです。当時、僕は29歳くらいだったかな? 担当編集者に「浮雲」の企画案を出したら「いいか、江戸時代の話というのはな、もっともっと人生経験を積んだやつが書くんだよ。お前如きが舐めんじゃねぇ」と言われて、却下されました(笑)。でも、諦められなくて江戸時代のことを何年も勉強をし、取材を重ねてようやくたどり着いたという感じですね。

権之助 だから「浮雲」は、KADOKAWAではなくて、集英社から出されたんですか?

神永 KADOKAWAからは「八雲」シリーズ以外にも、「怪盗探偵山猫」シリーズや、「確率捜査官 御子柴岳人」シリーズが出ていたので、「これ以上シリーズを増やすのは無理!」と言われて。紆余曲折があって集英社から出させていただきました。

権之助 なるほど。今回の『火車の残花』から「浮雲」シリーズはセカンドシーズンとして新たなスタートを切ったわけですが、「小説すばる」(集英社)に連載されていたときは、「火車の残花」というタイトルではなかったんですよね?

神永 そうなんです。連載中は「彼岸の口裂女」というタイトルでした。連載中、僕は犯人や展開を最初に決めずにそのときの勢いで書いてしまうところがあるんです。……で、連載が終わって単行本にするときに、担当編集者から「口裂け女は、時代が違う」と指摘されて。まー、それを先に教えてくれよっていう話なんですけど(笑)。

権之助 言われてみれば、口裂け女は現代的ですね(笑)。昭和の匂いがぷんぷんする(笑)。それでモチーフの妖怪を変えたんですね。

神永 「知名度の高い妖怪にしてほしい」とリクエストがあったので、「河童」にしたんですね。

権之助 か、河童ですか!? 怖さがまったくないですね(笑)。

神永 はい(笑)。担当編集者にも「いや、もっとおどろおどろしい妖怪にしてくれ」と言われたので、次は「濡れ女」に変えたんです。そうしたら今度は「知名度が低い」と言われて……。

権之助 厳しいご担当ですこと(笑)。

神永 そこからもう迷いに迷って……。もうこれ以上は思いつかない! というときに、ぼんやりと書棚の背表紙を眺めていたら 、宮部みゆき先生のミステリー作品の傑作『火車』が目に飛び込んだんです。その瞬間「これだ!」と思って、モチーフを「火車」にしてもう一度原稿を書き直しました。

権之助 書き直したんですか!? 『火車の残花』、とても面白かったです。特に、チャンバラシーン・剣戟部分を読んでいるときには手に汗を握りました。「浮雲」シリーズを書くにあたって、リアリティを出すために新選組ゆかりの「天然理心流」にもご入門されたとか。

神永  はい、もう徹底的にしごかれました(笑)。「天然理心流」の前には、辻月丹の「無外流」もやっていました。池波正太郎の『剣客商売』に登場する流派ですね。

権之助 二刀流じゃないですか!

神永 作法や刀の振りを勉強していました。練習で巻き藁を斬ったり。

権之助 人じゃなくて良かったです(笑)。小説を書く上で「天然理心流」の師匠には、ご相談されたりするんですか?

神永 「こういうとき、剣術士ならどうするか?」と迷ったときなど、僕の師匠でもある天然理心流心武館の館長に相談しますね。例えば、「もし、敵3人に囲まれたらどうしますか?」と聞いたり。すると「それは家の中なのか、外なのか」、「家の中なら俺だったらまずは行灯を消して相手から見えないようにする」とアドバイスをくださる。だから、建物の中で刀を振り上げるシーンなんか書いたらめっちゃ怒られるんですよ。

権之助 ダメなんですか?

神永 ダメです。道場以外の屋内で刀を振り上げると天井に刺さって抜けなくなってしまうので。

権之助 確かに! 作品の中でも屋内で上段に構えたせいで刀が天井に刺さって抜けなくなるシーンが出てきますね。一つ一つの描写にそういった知識が生きているから圧倒的なリアリティがあるんですね。ところで「浮雲心霊奇譚」シリーズは、『火車の残花』から京都に向かう「旅編」ですよね。次巻の『月下の黒龍』も単行本で読みましたけど、京都まで全然たどり着かないですね(笑)。

神永 そうですね。いつまでも箱根あたりをうろうろしています(笑)。

権之助 土方歳三は石田散薬の薬売りとして描かれていますが?

神永 新選組の土方が薬売りの顔も持っていたことは、ネットで調べればすぐ分かるんですが、時代物が苦手な方が読んだときに「そうだったんだ」と思ってもらえたらいいなと思って書きました。

権之助 歴史上の人物が出てくるということは、いずれはピストルが出てくるということですか?

神永 それは館長に相談しないと……。小説の展開を盛り上げようとするあまりに無茶なシチュエーションにすると、館長に「うーん、その場合は死ぬしかないね」と言われちゃう。

権之助 主人公たちが死んじゃったら、物語が終了ですからね(笑)。師匠から褒められることもあるんですか?

神永 以前、文庫版『浮雲心霊奇譚 菩薩の理』のときに、館長が帯コメントを書いてくれたんですけど、「この作品に描かれる少年沖田は、彼の実像に近い」と書いてくれました。館長に言わせると、本物の天才は少年沖田のようになるらしいです。

権之助 本当ですねぇ(笑)。あのぅ、突然ですが、個人的なお願いがあるんですけど……。

神永 なんでしょう?

権之助 「権之助」をどこかで登場させていただけないですかね……。出していただけるなら、どんな役でもいいです! 旅で出会う人でもなんでも! その時代、落語家もいると思うんですよねぇ。

神永 わかりました。ただ僕はミステリー作家なので、新しい登場人物はたいてい死ぬか、人殺しか、になります。 <会場大爆笑> それでもいいですか?(笑)

権之助 はい! 出していただけるならどんな役でも構いません!(笑)

神永 では、このあと打ち合わせましょう(笑)。

このあとは、神永学氏と柳家権之助氏による、プレゼント企画・じゃんけん大会で盛り上がりました。
(談/2023年7月12日、日本橋「お江戸日本橋亭」にて。構成/編集部)