デジタル社会をあざ笑う地面師たちの驚きの手口とは─
「地面師」とは、他人の不動産を利用して詐欺を行う者のことである。大手住宅メーカーが、なりすましの土地所有者に騙され、数十億円もの被害に遭った事件が記憶に新しいが、新庄耕氏の最新刊『地面師たち』は、その犯罪に真正面から取り組んだ意欲作だ。
不動産のプロともいえる大手企業がなぜこうも簡単に騙されてしまったのか。その驚きの手口だけでなく、ハラハラドキドキの展開とダークな疾走感で読者をその世界に一気に引き込んでしまう。
新庄氏といえば、2012年第36回すばる文学賞を受賞した『狭小邸宅』でブラック企業の内幕を活写し、『ニューカルマ』ではマルチ商法を扱うなど、社会の暗部に取り込まれた人間に焦点を当てて、問題作を世に送り出してきた作家である。
『地面師たち』がどのようにして生まれたのか、そのきっかけや犯罪集団の人物設定など、作品についてご本人に語っていただいた。
聞き手・構成/宮内千和子 撮影/山口真由子
一部上場企業が簡単に騙されたアナログ手口
―― 作品の一読者として言えば、地面師たちの騙しの手口に驚くと同時に、犯罪現場でのやり取りが臨場感たっぷりに描かれていて、最後まで一気読みしてしまいました。
ありがとうございます。やはりそこが小説の肝になると思ったので、実際の事件で地面師たちがどんな手口を使って犯罪を成功させたのか、入念に調べました。
1年半ほど前に、小説すばるの担当編集者さんに、地面師の事件をモデルに連載小説を書いてみないかと提案されたのがきっかけです。この事件に関しては私も興味を持っていて、今のデジタル社会で、いろいろな情報にアクセスできるのに、そんなアナログなやり方で一部上場の1兆円企業が数十億も騙し取られるのかという驚きがありましたから。それで、「やりましょう」ということになった。
でも単なる世間を騒がせた派手な詐欺事件というだけでは、小説を本気で書こうとは思わなかったかもしれない。報道を追っていくうちに、詐欺をくわだてた容疑者の素性やその手口に興味をおぼえたんです。なぜ彼らはここまでして人を騙すのか。彼らに騙されてしまった被害者の心理にも、それと同じくらい思うものがあった。彼らは、どうして騙されてしまったのだろう。その背景を考えていくことで、自然に騙す側と騙される側の人物造形ができていったような気がします。
―― ボスのハリソン山中だけは最後まで得体のしれない人物ですが、騙す側の犯罪者集団のキャラクターがそれぞれ非常にユニークで秀逸です。とくに主人公の拓海は、詐欺の被害に遭って家族を失うという暗い過去がある。被害者が加害者に転じる心理描写などが深く書き込まれていることで、読み手は犯罪者の方につい感情移入してしまいます。
主人公の拓海の設定に関しては、年齢的にもつい自分に寄せてしまうのが悪い癖なんですが(笑)、今回は主人公が悪人、犯罪者ですよね。最初は「オーシャンズ11」とか「スティング」とか、陽気で痛快な犯罪者集団を思い描いたんですが、この時代、そういうのはあまり求められていないと思いました。じゃあ、何か犯罪に至る理由をつけようと。それで暗めな背景を足して、読者の方が感情移入できるような感じにしたつもりです。
ボスのハリソン山中は、おっしゃるように得体のしれない人物です。実際に、とある殺人事件の犯人で、頭がよく、他人を思い通りに洗脳する術にものすごく長けている男がいました。話術もすごくて、法廷でも堂々と持論を展開して、法廷内で笑いが起きたというから、相当なものです。殺人事件の公判でそんなことは普通あり得ない。この男は自らの手は汚していなかったのですが、事件の中心人物として当然死刑判決が下りました。
そういう事件もひとつの接線となって、サイコパスなハリソン山中というキャラクターができあがったんだと思います。
―― 土地所有者になりすます手口はアナログでも、偽造の書類や実印、運転免許証など、3Dプリンターを使ったりICチップを組み込んだりと、最先端技術を応用しているんですね。
ええ、すべて実際の犯罪に使われた手口で、全部公になっている。基本的に私自身が考え出した新しいものはありません。調べていくうちに、今はこんなことができるのかという素朴な驚きをそのまま書いたという感じです。そういう技術面での投資も詐欺集団は抜かりなくやっている。
―― 抜かりないといえば、それぞれ配役を決めるのにも細心の注意を払う。とくに重要な地主役は、顔や体形、雰囲気の似ている人間をオーディションで面接して決めるのが面白いですね。しかも面接にチョイスした人間は、みんな切羽詰まっていてお金が必要で……。
ええ、一番重要な役ですからね。実際の事件では地主は旅館の女将でしたが、小説では尼さんにしました。というのも、取引される土地の設定を新駅の高輪ゲートウェイ駅の近くに設定したので、実際にその近辺を歩いてみたら、お屋敷街の中にけっこう寺が多かったんですね。それで土地所有者を尼さんにしようと思いついた。普通のビルの所有者より、尼さんの方がビジュアル的にも面白いし、いろいろドラマが作れそうですから。
リアリティーは実際に起きた事件から
―― せっかく面接でぴったりの人物を決めて、なりすましの練習を日夜やっていたのに、取引の寸前に突然家庭の事情で地主役の彼女がいなくなるというアクシデントが起きます。
じつはそれも実際の事件で起きたことです。
で、違うメンバーが急遽代役でやった。その話を知って、小説でも採用しました。そのような感じで、実際の事件であった話を小説に取り込んでいます。
たとえば、ある地面師事件では、取引まではうまく相手を騙せていたんですが、取引を終えてみんなでエレベーターに乗ったときに、騙された方の人間が、何気なく茨城県の桜の話をしたんです。ニュースかなにかで観たとかで。ところが、なりすまし役の女がたまたま茨城県出身で地元だったものだから、実際の地主が東京都出身にもかかわらず、ついぺらぺらと解説してしまった。それで「あれ?」ってなって「これ、ちょっとおかしいぞ。本人じゃないんじゃないか」と疑われて、騙されずに済んだという。
―― 小説の中でも、なりすまし役の老人が先方から思わぬ質問をされて、内心パニックになる場面が出てきますね。
そういう何気ない質問みたいなのが、ハラハラドキドキさせる勘所でもあるので、先方が本人かどうかを確認する場面では、犯人側が盲点を突かれて内心慌てふためくエピソードを使おうと思っていました。人間って不思議なもので、黙っていればいいのに、ついばれまいと余計なことを言ってボロを出すんですよね。
それと、取引を急がせる理由として、「新幹線の時間が迫っている」というお約束のせかし方があるんですが、通常の不動産の取引でも、ああいう司法書士の方がいらっしゃるらしい。かなり押しの強い、せかすようなことを言う。これって強引なようでいて、けっこうナチュラルにある光景なので、だからこそみんな分からなくなるんですよね。
―― で、例の大手住宅メーカーも「偽物」の取引だと見抜けなかった。
調べてみると、地面師事件っていっぱいあるんです。大手のホテルもまんまと10億くらい騙し取られている。この話はまるで小説みたいなんですが、詐欺に使った土地の所有者が高齢の兄弟で、地面師たちはよく似た兄弟の老人をなりすまし役に用意したんですよ。ホテル側もまさかその兄弟の地主が偽者とは思わず、みごと騙されてしまった。
―― 地面師のやり口も徹底していますね。でも、新庄さんの小説では、出世欲や家族の事情など、騙される側の人間の背景も語られているので説得力がある。大きな取引を決めると手柄になるので、功を焦る気持ちが罠にはまりやすくするんですね。
騙される側にも、彼らなりの事情があるはずなんです。大手住宅メーカーの事件でも、社内政治が絡んでいたという噂もありますし、それが詐欺を見抜く目を曇らせたのかもしれない。もっと慎重に進めれば防げた事件かと思う。でも、この人なんで騙されたんだろうと考えると、人間のいろんな面が見えてくる。
ただ、そうはいっても不動産のプロを騙すわけですから簡単ではないんです。実際の取引はけっこう煩雑だし、法律用語もたくさん出てくる。犯罪者集団のプレーヤーも多いし、小道具も多い。それをただ順序だてて説明していっても読者の方を引き込めません。どう臨場感を持って書くか、工夫を凝らしたつもりです。
―― 地面師たちを追う定年間際の捜査二課の刑事も、しぶくていいキャラですね。
もしかしたら、あの刑事が一番小説の基準点になっている人なのかもしれないですね。じつはこの小説を書いてる最中に、刑事さんにお話をうかがう機会があったんです。もう引退された方なんですが、話を聞くと、やっぱり捜査のときは何日も帰れないし、私たちとは生きてる世界がまったく違うんだなと思った。ずっと悪人や犯罪者を追っているので、眼光も鋭いし、しゃべり方も隙がない。でも、実際に話してみると、世の中をよくしようと本気で思っていることが伝わってくる。よくドラマや映画で刑事を見ているけれど、いやマジなんだと思って改めて感動しました。
自分がワクワクしないと読者もワクワクしない
―― ネタバレになるので、地面師たちがどうなるのかは小説を読んでのお楽しみということにしますが、少しだけ明かせば、捕まって終わりではない……。
ええ、終わり方には少し含みを持たせました。捕まって終わりだとあまりに登場人物のキャラが小さくまとまってしまうなと感じたからです。彼らの行く末は、読者の想像力で膨らましていただきたいと思いまして。
地面師詐欺ってすごく古典的な犯罪ですが、奥が深いというか、いくらでも興味深いネタが出てくる。何億、何十億の土地の取引を成功させるためには、人の命がひどく軽くなる。実際、ある超一等地を巡っては何人も人が死んでいるという話も聞いたりします。人ひとり殺せば莫大な金が手に入るということで、銃弾まで飛び交う、なんてこともあるようですね。
しかも、そんないわくつきの土地なのに、善意の第三者によって何度も転売されているうちに正規の取引となって、今では大企業の持ち物になっていたりするケースもある。地面師の世界、不動産取引の世界ってそういう暗いところもあるんですね。自分としては、ここからさらに踏み入って書いてみたい気持ちはあります。
―― それは非常に楽しみですね。地面師以外で今興味のあるテーマはありますか。
ひとつはインテリジェンスの小説。インテリジェンスというのは、スパイのことです。日本にもスパイはいて、ある政府機関に勤めている人に接触できたんです。
スパイといっても、007みたいなことをしてるわけではないし、普通に家族もいる。でも普通の公務員ではないし、けっこう緊張した日常を送っているらしい。派手さはないけれど、かといって平穏な生活でもない、そこら辺に惹かれて、彼らが日々どういうことをしてるのか、書いたら面白そうだなと。自分がワクワクしないと、読者もワクワクしないと思うので、そういう新鮮感、ワクワク感を大事にして小説は書きたいですよね。