宮部みゆきインタビュー
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宮部みゆきインタビュー

初めまして! わたくしは世界の取扱説明書、縮めて〈トリセツ〉でございます。今回は、『ここはボツコニアン』の単行本発売に合わせて、わたくしが単身、作者の宮部みゆきサンに突撃インタビューを行うことになりました。よろしくお付き合いくださいませ(ぺこり)。
 というわけで、わたくしは現在、都内某所にあるミヤベさんの仕事部屋を訪れているのでございますが――
 寝ています。
 誰がって? いえですから、ミヤベさんが。
 よろしいんでしょうかねえ。平日の昼間から、いい大人があんなふうに寝こけていて。
 それに、あの妙なかぶりものは何でしょう。毒キノコかしら。それともあれがミヤベさんのパジャマなのでしょうか。
 え? 世界の取扱説明書であるわたくしに、わからないことがあるのかとお尋ねでございますか?
 そんなの、いっぱいあるに決まってるじゃございませんかぁ。世界は不思議に満ち溢れているのでございます。大は宇宙生成の仕組みから、小(極小)はぐうたら作家の睡眠サイクルまで、解けない謎だらけでございます。
 ――ツンツン。
 あら。誰かがわたくしの葉っぱを引っ張っているようですが。
「しぃ、トリセツさん、声が大きい」
 おやまあ、『ボツコニアン』連載担当のクリハラさんでございます。
「クリハラさん、こんなところで何をなさっているんです?」
「何って、トリセツさんが心配だから、こっそりついてきたんですよ」
「心配とは」
「ミヤベさん、すごくよく寝るヒトなんですよ。毎日八時間睡眠にプラスして、昼寝もばっちり。しかも、寝ているところを起こすとウルトラ不機嫌になるんです」
「では、今日のインタビューは」
「……あれだけ爆睡しているところを見ると、無理でしょうねえ」
 ここで気がつきましたが、ミヤベさんは手に何か持ったまま寝ています。
「ああ、PSPですね。先週は3DSでしたけど」
「携帯ゲーム機を握っていないと眠れない性質(たち)なのでしょうか」
「プレイしているうちに寝ちゃったんでしょう。よくあるんですよ」
 クリハラさんは、そうっとミヤベさんの手元を覗き込みました。
「ああ、また『タクティクスオウガ 運命の輪』ですね」
「プレイし過ぎて五十肩になったとか言ってませんでしたか?」
「そうなんです。懲りないですねえ」
 クリハラさんはニコニコしています。
「わたくしも世界のトリセツ。世界の英知を集めた賢者の一人として、ひとつ疑義を呈したいと思うのでございますが、クリハラさん。いったい、あんなふうによく昼寝をして、しかもしょっちゅう携帯ゲーム機で遊んでいるようなヒトが、ちゃんと原稿を書いて作家業を続けていけるものなのでしょうか」
「それはこの業界の七不思議のひとつなんですよ、トリセツさん」
 わたくしは、メモとエンピツを取り出しました。こう記します。
①「小説すばる」寄稿作家は、ナマケモノでも務まる。
「ちょ、ちょっと待ってください、トリセツさん。それは困ります。事実と違いますから。うちの寄稿家の先生方は、勤勉で立派な方ばかりです。ミヤベさんがイレギュラーなんですよ」
「じゃ、どうしてとっととクビになさらないのです? なぜ連載させているのでしょう」
「それはちょっと……わたしはまだ新人なので、詳しいことは知らされていないんです」
「ミヤベさんに何か弱みを握られているとか」
「とんでもない! わたし、弱みなんかありませんよ」
「じゃ、編集長が」
「カラオケの音量と頭まわりのサイズが大きい現編集長ですか? どうかなあ」
「前編集長はいかがです?」
 クリハラさんは考え込みました。
「弱みはいろいろありそうなヒトですけどねえ。でも、若いころ、怒った女のヒトに刃物持って追いかけ回されたことがあるって、ケロッとして言ってたことがありますから、ちょっとやそっとオドされたくらいでヘコむタイプじゃないと思いますよ」
 わたくしはメモに記しました。
②『ここはボツコニアン』の連載は、作者が勝手にやっている。
 クリハラさんが言いました。「編集者は誰も止(と)められないと、追記しておいてください」
 しっかり書き留めました。
「それとトリセツさん、ミヤベさんのあのキャラ姿は、毒キノコじゃありません。タカヤマ画伯謹製のコスプレなんです」
「何のコスプレでしょう」
「確か、宇宙人」
 そしてクリハラさんは、はにかみながら嬉しそうに笑いました。
「わたしもタカヤマ画伯にキャラにしてもらったんですけど、これがまた可愛いんですよぉ〜♪ 実物が可愛いから当然なんですけども。うふふふふ」
 わたくしはこっそり書き記しました。
③『ボツコニアン』の作者と担当編集者は、いいコンビである。
「ところでクリハラさん、〈伝説の長靴の戦士〉という設定はかなり突飛だと思うのでございますが、ミヤベさんは何をどう思ってそんな設定を作ったのでしょう?」
「ああ、それならわたし、聞きました。何でも、もう十年ぐらい前、大阪の読売テレビの深夜番組『最後の晩餐』のなかに、『白い本』という企画があったそうなんです」
「ふむふむ。白い本」
「はい。レギュラー出演者の皆さん――笑福亭鶴瓶師匠とか、中島らもさんとか、キダ・タローさんとか浜村淳さんですから、豪華メンバーですよね。その皆さんが、作家が書いた小説の書き出し、冒頭の一行だけをもとにして、その場で即興の小説を作っていくという企画だったそうです」
「それは大変そうですが、面白いですね」
「はい。番組のなかでも人気企画だったそうです。で、ミヤベさんもその依頼を受けて、書き出しの一行を書いた。それが」
 ――朝、目を覚ますと、枕元に赤いゴム長靴が
「という一文だったそうなんです」
「その企画では、依頼を受けた作家は、ひとつの作品を書いた上で、冒頭の一行だけを渡すのですか? それとも、本当に一行だけでよろしいのでしょうか」
「なかにはきちんと作品に仕上げた方もおられたのでしょうが、基本的には、一行だけ書けばいいということだったそうです」
「で、ミヤベさんはあの一行を」
「はい。出演者の皆さんも、その回では大変苦労されたらしいです」
「当然です。無責任きわまりない、書きっぱなしの一行ですね」
 ここで、ミヤベさんが寝返りを打ちながら何か大声で言いました。
「浜村淳さんは、『これはいかにもミヤベさんらしい書き出しだ』って喜んでくれたんだぞう!」
「……起きたのでしょうか」
「いいえ、寝てます。ミヤベさんは、はっきりした寝言を言うことでも有名です」
 わたくしを創造した作者は、かなり怪しい人物であると判明して参りました。
「でもね、ミヤベさんは当時のことをよく覚えていたんです。楽しい番組でしたし、出演者の皆さんが苦労して小説を作ってくれたことも嬉しかったので、いつか、あのゴム長靴の書き出しの一行から始まるちゃんとした自分の小説を書こうと、ずうっと思っていたそうなんです。ですから『ボツコニアン』は、ミヤベさんの永年のその想いが実現した作品で」
 わたくしは遮りました。「クリハラさん」
「はい」
「ちゃんとした小説?」
「……はい」
「ちゃんとした小説?」
 クリハラさんは目を泳がせました。
 ままよ。わたくしはメモのページを繰ります。インタビューに備えて、質問事項をいくつか用意して参ったのです。
 とてもまともな質問を。
「『ここはボツコニアン』のテーマは何でしょう?」
「トリセツさん、棒読みになってますよ」
「『ここはボツコニアン』の読みどころはどこでしょう」
「そんな、なげやりにならなくても」
「わたくしトリセツには、これから活躍の場が用意されているのでしょうか」
「今ンとこ、役立たずですもんね」
「クリハラさん」
 シャキーン。わたくしの牙を見て、クリハラさんは逃げ腰になりました。
「ミヤベさんは、テレビゲームをプレイするとき、とても丁寧に取説を読むのだそうです。ですから、トリセツさんも大事なキャラクターとして設定されているはずですよ、きっと」
「それならいいんですが」
「『クリちゃん、ゲームの取説には肝腎なことが書いてないもんなんだよね〜』と言ってたこともありますけど」
 シャキーン!
「あ、でも今後の展開は、ちょっと見物(みもの)ですよ!」
 逃げ腰になりつつも隙あらば攻勢に転ずる、クリハラさんはなかなかタフな編集者でございます。
「ミヤベさんは、テレビゲームネタのファンタジーである以上、絶対に避けて通れないのが『三国志』だって言ってました。だから書くはずですよ、三国志」
 わたくしは上品に目を剝きました。
「これが?」
 寝こけているわたくしの作者を、葉っぱでつんつんいたしました。
「これが書くんですか? この、鼻ちょうちん出して昼寝しているこのオンナが、恐れ多くも北方謙三先生が壮大な中国史作品を連載されているこの『小説すばる』誌上で?」
「……たぶん」
「中国四千年の歴史が泣きますね」
「でもほら、作家はいろんな題材にチャレンジしなくっちゃ。それに『ボツコニアン』の三国志ですから、人気キャラは出てきませんよ。本物の世界でキャラとして大活躍している武将や軍師が、『ボツ』に存在するはずありませんから」
「じゃあ、諸葛孔明も周瑜(しゅうゆ)も抜き?」
「もちろん」
「で、どうやって三国志を?」
「ですから、『二軍三国志』」
 わたくしは目を細めました。嫌な予感にカラダが震えます。
「三国志があるなら、『信長の野望』の可能性も?」
 クリハラさんは手を打って喜びました。
「あり得ますよね! 誰で天下統一するのかしら」
 誰も知らない無名の武将でしょうね。
 わたくしは記しました。
 ④宮部みゆきは、『ここはボツコニアン』に作家生命を賭けているらしい。
 博打は、必ず負けるものでございます。
 追記いたしました。
 ⑤少なくとも、集英社との付き合いはここが正念場と思われるが、敗北必至。
 わたくしはパタンとメモを閉じました。
 クリハラさんはどこまでも明るい。「トリセツさん、そんなにがっかりしないでくださいよ。ミヤベさんの野望は、『ボツコニアン』に、いつか公式認定ネタを入れることなんです」
「公式認定ネタ?」
「はい。著名なゲームクリエイターさんから、実在する人気ゲームのボツネタを頂戴して、作品に取り入れるんですよ」
「雑誌でさんざん紹介されたのに、結局は製品化されなかったアレとかコレとか?」
「そういうことです。あと、自分で考えたヘンテコなゲームネタも入れるつもりでいるみたいですよ」
「クリハラさん」
「はい」
「お茶を飲みに行きましょう。ちょうど、ケンドン堂で揚げたての黒糖ドーナツを売っている頃合いでございます」
「いいですね〜。そうだ、最近いろいろと忙しくなってきているタカヤマ画伯もお誘いしましょう♪」
 後には、依然ぐうぐう寝ている作者が残りましたとさ。
 こんな『ここはボツコニアン』ですが、今後もどうぞよろしくお願いいたします!
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