第1回「高校生のための小説甲子園」
選考委員・湊かなえ先生vs優秀賞受賞者・志河紫月さん対談

「ゆくゆくは純文学とエンタテインメントの融合をやってみたい」

来れ、全国の高校生よ小説界の甲子園に! 本来ならば、選考委員に湊かなえ先生を迎え、全国から予選を勝ち抜いた各ブロック8名の代表たちが集英社に集まってワークショップを行い、本選の闘いを繰り広げるはずだった、第1回「高校生のための小説甲子園」。残念ながらコロナ禍の影響で、本選の開催を見合わせることになり、各ブロック代表より志河紫月さん「常夜の国に近い場所」が優秀賞に決定! 受賞の記念に湊かなえ先生と対談していただきました。

湊かなえ先生が小説への入口だった

編集部:
志河紫月さん、第1回「高校生のための小説甲子園」優秀賞、おめでとうございます! 受賞を記念して選考委員の湊かなえ先生と対談していただきます。
志河:
ありがとうございます。ものすごく嬉しくて、緊張しています。実は湊かなえ先生の大ファンで、この「高校生のための小説甲子園」に応募しようと思ったのも“湊かなえ先生に会おう!”というキャッチコピーに惹かれたからなんです。今年(2020年)の7月に初めて書いた小説を何かの賞に応募できないかと思ってインターネットで検索して出てきたのが湊先生が選考委員の賞で、しかもこんなふうに受賞してお会いできるなんて感激です。
湊:
嬉しいですね。初めて小説を書いたのが高校2年の夏っていうことですか? 作品を読んだ感じでは、もっと早く、中学生くらいからたくさん書いているのかと思っていました。
志河:
小説としては、この賞に応募したもう1つ別の作品があったのですが、それが初めて書いたもので、「常夜の国に近い場所」は2作目です。中学2年生くらいから本や小説に興味を持っていたのですが、なかなか作品という形で書くことはなかったんです。最初は身近な学校の先生のことをふざけて面白おかしく書き立てたような文章を友達に見せていて“お腹がよじれるほど面白かった”と評判になったんです。そう言ってくれる友達が一人ならずたくさんいたのが嬉しかったんですね。文章が人の心を動かすということを知った初めての経験でした。そこから文学、文芸への意識が生まれたと思います。
湊:
読む方はどうですか。
志河:
実は読書の入り口が湊かなえ先生なんです。中学生の時、国語の模試の成績が良くなかったことがあり、もっと伸ばしたいと考えて本屋さんに行って20冊ほど本を買ってきました。ゆっくり週に1冊くらいのペースで読んでいこうと決めていたんですが、いざ読もうと最初に手に取ったのが『告白』でした。だから作品のここが好き、ここが魅力的という以上に、『告白』は自分にとって特別な作品、湊かなえ先生は特別な作家だというのが心の中にありますね。おかげさまで偏差値は伸びて高校も志望したところに受かり、今でも国語は得意で学年一番をとらせてもらってます。
湊:
話を聞いていると、集中力がすごいあるんだなって思います。国語の成績を伸ばすために頑張るぞっていきなり20冊本を買って自分が決めたペースで読んで……ってちゃんと目標に照準を当てて、立てた計画通りに完成させるってすごい才能だと思います。

小説を書く高校生同士の交流が魅力

志河:
国語で一番といっても、学校では英語や数学に力を入れている人が多くて、国語が好き、小説が好きという人が周りにいないんです。だから本選で全国からブロック代表が集まってワークショップをするというのも魅力的でした。小説を書いている高校生と交流してみたかったんですね。
湊:
私は他の賞の選考委員もやっていますけど、応募者の年齢層が高くて、若い世代は小説を書かないのか、書いてもインターネットの投稿サイトにアップして終わりなのか、なかなか十代の人たちの小説に触れる機会がなくて残念に思っていたんです。「高校生のための小説甲子園」第1回の選考委員を引き受けることになった時に言ったのが、高校生の小説は可能性がいっぱいあるし新鮮で面白いだろうからぜひ読んでみたいという思いがあると同時に、学校を通してしまうと先生の添削を経てその可能性が削ぎ落とされてしまう危惧もあるということ。すごく面白いものを秘めていても添削されてしまうとその子の個性じゃなくなるのがもったいない、だったらブロック代表に選ばれた子たちが集まって、それぞれ課題とテーマを決めてワークショップをやって、最後はお題を出してその場で書いてもらった作品をみんなで読み合う機会を作りたいと言いました。高校生とのライブ感を味わいたかったんです、その場で書くという瞬発力は作家になっても大事なことだと思いますし。結局コロナ禍の影響で本選はできなかったのだけれど。
志河:
本選は心から楽しみにしていたので残念です。実は僕は7月に小説を書き始めてから、インターネット上で他の小説を書いている高校生を見つけて交流を図ろうとしていました。今回のブロック代表の中では「アイの寓話」の朔太朗さん(東京ブロック代表)は、共通の友人がいたこともあってインターネット上で交流があったんです。「残香」の野田花さん(東海・北信越ブロック代表)も、別の賞を受賞されていて個人的に注目していた人です。ぜひ会ってみたかったです。
湊:
ブロック代表に残るのは、やはりいろいろな場で書いている人も多いんですね。ネット上で交流があっても実際会ったら印象が違うかもしれないし、一緒にワークショップをやった後はLINEでつながってさらにお互いを刺激する関係になってくれたらいいな、と考えていました。

エンタテインメントに徹した見せ方

編集部:
湊先生、「常夜の国に近い場所」を読んだ第一印象はいかがでしたか。
湊:
総評にも書いたんですけど、応募作は学校を舞台にした話が多いのかと先入観を持っていたら、ファンタジーっぽいもの、時代小説っぽいもの、SFっぽいもの……とさまざまで、むしろ学校ものの方が少なかったですね。「常夜の国に近い場所」も桜は咲いているけど、日本ではない異国の地のような舞台ですよね。そんな舞台設定で物語をちゃんと構築しようとしているという印象が残りました。ただ思いつくままを書いているわけではなく、最後のオチは途中でばれないように意識して書いているなと思いましたし、間にエピソードを入れて、お父さんの仕事ぶりを見せていくというように、物語の見せ方を考えながら書いていて、それがきちんと成り立っていたので、本当に物語に挑んでいるなという印象を受けました。ブロック代表に残った作品の中では一番エンタテインメント作品としての完成度を感じましたね。
志河:
舞台も時代もあえて曖昧な形にしました。雰囲気的には中世っぽいとかヨーロッパみたいとかいう印象を与えるかもしれないですが、自分ではそこは決め込んでいなくて、あくまでもファンタジー、この世では歴史上にも存在しない場所だと思っています。「常夜の国に近い場所」はこの賞に合わせて書いた作品なので、ブロック代表に残ること、ひいては受賞することを意識していました。文字数も上限の12000字に近づけた方が受賞しやすいのではないかと考えて、その文字量の中で物語をギリギリまで構築していった感じです。でも、たとえばラストの桜の花びらのからくりは、書きながら即興で出てきて、後から付け加えたものなんです。
湊:
クライマックスの池のシーンで、死者と副葬品を納めた棺を置いた時、水面にパーっと見える、その鍵になるアイテムは最初から決まっていたわけじゃなく後付けなんですね!?
志河:
池の水面に光が広がって思い出が映し出されるというシステムは桜とは別に考えてあって、桜の花びらが舞い散ってくる偶然性が使えるということで、副葬品として使った感じです。
湊:
文章の面でもこの物語をちゃんと見せるために平坦な書き方を選んでいて、エンタテインメントに徹した文章だと感じました。書いているとつい難しい言葉を使いたくなる誘惑もあるけれど、平坦な文章の中にぽんとそういう言葉が入ってしまうと、読んでいる側からすると、「あ、この人今悦に入って書いてる」とわかってしまう(笑)。でも「常夜の国に近い場所」はちゃんと文章が平坦なら使う単語も平坦で、その分物語が起伏しているのがはっきりしていると思います。物語をどう見せたいか自分で構築して、ちゃんと浮き上がらせるために周りを同じ深さに整える作業ができている文章であると感じました。
志河:
今言い当てられた気がしてドキッとしました。実はもう1作応募して落選した小説は、もっと純文学っぽい美しい文章を書くことを追求した作品で、テーマもやや重めのものだったんです。個人的には三島由紀夫も大好きで、ああいう美しい文章、美しい場面が書きたいと思うままに書いたものでした。でも出した後に、高校生向けのコンテストでこれは選ばれないんじゃないかと思って、もう一作品エンタテインメント性の高いものを書いて出そうと決めたんです。それが〆切の5日前の7月25日のこと。でも期末試験がまだ終わっていなかったので、終わって自由になった7月28日から2日間で一気に「常夜の国に近い場所」を書いたんです。僕はスマートフォンで書いているので、お風呂に持ち込んで最終のチェックをして、いざ出そうと思ったら電波の関係か“送れませんでした”とエラーが出て、急いでお風呂を出てパソコンで送り直しました。23時59分まで受付なんですが、23時51分にようやく送れたんです、あの時はあせりましたね。
湊:
やっぱり集中力がすごい(笑)。インターネット経由で送るのは、私も作家になる前の投稿時代に一度経験したけど、何百枚も書いているのにアップロードされるのは一瞬で、本当に送れたの?と不安になりますよね。受け取りの通知がないと余計に。
志河:
インターネットは確証が持てないってよく言われますよね、でも僕たち高校生世代だと郵便の方が確証が持ちづらいかもしれません。本当に送れたかどうかわからない。そもそもポストへの投函の仕方からして全然わからないんです。初めての応募ということもあり、届いたかも怪しいし、本当に読んでもらえるんだろうかという不安もあって、手探りの中でやっていきました。
湊:
スマートフォンで書いているのは今時の高校生っぽいですね。
志河:
小説を書いている仲間は、割と長くたくさん書いている人が多くて、高校生でもパソコンが主流ですね。僕が何でスマートフォンで書いてるかというと、スマートフォンのフリック入力がすごく得意なんです。だいたい1秒間に6文字くらい打てるので、結構速いですよね。トグル入力でも打鍵はかなり速い方だと思います。打鍵数で考えた時にパソコンよりも半分の打鍵数で絶対速いので、今でもスマートフォンのメモアプリで書いています。自分の作品を読む時も紙に印刷はせず、推敲もスマートフォンでスクロールして確認していく感じです。

モデル料を請求された!?

湊:
書いた作品を人に読ませたりすることはないんですか。
志河:
応募前に読んでもらったのは2人だけですね。1人は中学時代の同級生の女子で、身近にいる中で小説が好きで小説の話ができる貴重な存在です。彼女とは「湊かなえ先生の『ポイズンドーター・ホーリーマザー』を読んだけど面白かったよ」「じゃあ貸して、僕は『望郷』を貸すから」みたいなやりとりもあって、小説でつながっていた仲だったんですね。だから彼女に読んでもらって「これは最終候補に残るよ」って言ってくれたので安心できました。もう一人は社会人の従兄で、日頃から仲が良く僕に対する理解もある人なので、彼には誤字脱字を指摘してもらうようなチェックも含めて読んでもらいましたね。受賞後は恥ずかしいので読まないでほしいと言ったにもかかわらず父が読んでしまって、登場人物のモデルとしてモデル料を払えと要求されました(笑)。あと、文学部卒で小説が好きな祖母です。感激して泣かれてしまい、僕の方も涙が出そうになりました。
湊:
志河さんのお父さんは物語に出てくるお父さんに似てるんですか?
志河:
性格は全然似てないです。うちの父はもっとひょうきんで明るい感じの人です。ただ、僕自身は体があまり強くなくてスポーツもそんなにできる方ではないんですが、父はとても体が頑丈で、仕事も企業の役員をやりながら現場の仕事もこなすという感じの人なので、父と子の関係という意味では共通点があるかもしれません。ただ、モデルかと言われると違うんですが、賞金の半額を要求されました(笑)。
湊:
もしこれから小説家になったら、家族には申し訳ない思いを抱えて書かなくてはいけないこともあるでしょう。私は今でも毒親を書く時「お母さん本当にごめんなさい」「お父さん、今度は悪い人になってもらいます」なんて思いながら書かざるを得ないことがありますから(笑)。自分では切り離していても、読む人はやはり近しい人を思い浮かべたり、実際にそういう経験があったんじゃないかと疑ったりしますよね。でもそこを遠慮したら本当に何も書けなくなってしまうんです。身内の理解は大事(笑)!
志河:
なるほど。小説を書く時によく思うんですけど、無から有を作り出すのって難しいことで、だからこそ尊いことで、やはり人間の手では不可能な部分もあるわけです。だから、小説にもある程度のモデルや実体験、元になるものがあるというふうに考えているんですね。「常夜の国に近い場所」は登場人物も舞台ももちろん自分で考えて創り出しましたけど、どこかしらからインスピレーションを受けた面はあるので、やはり自分とは切り離せないですね。湊先生の作品にも淡路島のことがたくさん出ていて、実際にそこで暮らしておられて、お好きなんだなというのが伝わってきます。
湊:
島に住んでるみなさんがどう捉えるかという問題はありますけどね、「こんな田舎嫌だ」という登場人物もいたりするわけなので。でもそこは割り切って、実話を書いているんじゃなくて、その要素を入れたフィクションなんだなって読者に思ってもらえる世界を創り出さないといけない。
志河:
僕は学校が少し遠くて、電車とバスを乗り継いで通学していますが、父は仕事で朝5時半くらいには家を出てしまうことが多いんですが、たまに少し遅めに家を出てもいい日があると、車で学校に送ってくれることがあるんです。ある日、車で学校に送ってもらっていたら、すごく霧が出ていて、父はヘヴィスモーカーなので運転中もタバコを吸うんですけど、運転席の窓の外にタバコを出した時に、タバコの煙と周りの霧がつながっているような気がしたんです。それが作品の始まりなんですね。
湊:
それは賞金の半額払った方がいいかもしれない(笑)。お父さんが送ってくれなかったらそのシーンは生まれなかったわけだから。そこから始まる物語なんですね。
志河:
払った方がいいのかなあ……(笑)。霧の中で運転する人というイメージで、一番初めに思い浮かんだ職業が納棺師、あるいは墓守だったので、納棺師という設定になりました。
湊:
このファーストシーンは映像的ですよね。たとえばクリント・イーストウッド監督の映画は雲から始まって雲で終わるとよく言われますが、今のエピソードを聞いても志河さんは景色から入るタイプかなと思ったんだけど、映画はお好きですか? 
志河:
映画も好きですね。『ショーシャンクの空に』とか昔の映画が好きです。最近のラブストーリーメインの作品も見ていて面白かったというふうにはなるんですけど、心の奥にずんと響く、自分もこんな物語が書きたいと大きな感銘を受けるのは古い映画が多いですね。
湊:
小説を書く時は頭の中に映像があってそれを文章にしていく感じですか?
志河:
いや、映像はそんなにないですね。ストーリーがちゃんと組み立てられているか、なるべく、客観的に客観的に俯瞰しようというのがあって、ストーリーは組み立てられているか、ここでちゃんと面白く感じるか、オチでちゃんと納得できるかみたいなことをずっと考えながらやっていますね。
湊:
設計図みたいな感じ?
志河:
そう、設計図だと思います。ただ僕は文章を書いている時は文章のきれいさやこの文章で表したいことが本当に伝わっているかに意識が集中しているんです。書いていない時は常に小説の構想のことを考えていて、そこで設計図みたいな考え方もします。
湊:
プロットは作る?
志河:
プロットは作らないです。一度プロットを作って書いたことがあるんですけど、書いていて次が見えもしないし、最終的に書けた作品は全く別の方向に行っていたので、プロット通りには書けない人なんだなと自分で思いました。湊先生は作られますか?
湊:
私もプロット通りには書けない(笑)。今後、新人賞を取って作品を書く時に編集者からどんな作品になるかあらかじめプロットを出してくださいって言われることもあるかもしれないです。私も言われたら出すんだけど、途中で変わってしまって。そんな時「変わります」と電話する勇気も必要。
志河:
参考になります。

ワークショップが実現していたら

湊:
先ほどなぜ入口が景色からかを訊いたかというと、今回もしワークショップが実現していたら、ブロック代表に残ったみなさんの作品それぞれに、ここはこうしたらもっとよくなったはずという惜しいポイントを課題として挙げて、みんなでそれを考えてみようというやり方を構想していました。そのなかで志河さんの「常夜の国に近い場所」は“つかみの1行目を考えてみよう”というテーマにしようと思っていたわけです。小説って書店で手にとってぱっと見た1行目を読んで、これを買ってみようかなと思うわけで。国語のテストでも名作、たとえば夏目漱石の作品の1行目が書いてあって、この作品とタイトルを線で結びましょうという問題になるくらい大事なものなんです。たとえば伊坂幸太郎さんの『重力ピエロ』なら「春が二階から落ちてきた。」でもう『重力ピエロ』だ!って感じですよね。そういう1行を読んだらこの作品だってわかる“1行目”を考えるうえで、みなさんそれぞれの作品では1行目が“つかみの1行”になっているかというのを検討することをやってみたかったんです。今志河さんの話を聞いていたら、イーストウッド的には雲から入って雲で終わるように、霧から入るのもありかなと思いましたけど、私はあの冒頭の数行の中で「おくり車」という言葉がすごく気になったんです。「おくり車」って造語ですか?
志河:
僕が自分で考えたんですけど、調べたら「おくり車」という言葉はあって、霊柩車のことでした。だから厳密にいうと造語ではないのかな。
湊:
「おくり車」という言葉が印象的だから、私だったら1行目におくり車を持ってくるだろうと思いました。たとえば「死者を墓地まで運ぶ車を僕の家ではおくり車と呼んでいる。」と入ると、ああこの家の職業なんだとか、今お墓に向かっているんだとかわかるでしょう。魅力的な1行目をもう一度考えてみようと課題を出した時に、私は「おくり車」を持ってくるけど、志河さんは何を持ってくるだろうかと期待していました。
志河:
1行目は、応募した時点と変わっているんですね。原文は「そこは深い迷霧の中だった」なんですけど、応募後「目を開けると、そこは深い迷霧の中だった」にしているんですよ。何でかっていうと、最後が「目を閉じた」で終わっているので、目を開けて始まって目を閉じて終わるようにしたかったんです。編集部から受賞のお知らせをいただいて、真っ先に切り出したのが「どうしても変えたいところがあるんですけど、書き出しを変えられますか」ということでしたから。
湊:
いいです! 目を開けると読者も一緒に目を開けるから個人の目から霧に行くじゃないですか。何もない迷霧よりも、目を開けるとの方が一緒にはーっと自分の視線から霧に入れるので、いいと思います!
志河:
ワークショップの課題、興味深いですね。他の作品ではどんな課題があったんでしょうか。僕はブロック代表の作品を読んでいないので、どんな作品があったのかも含めて、すごく知りたいです。
湊:
たとえば高野知宙さんの「相模の弥市」(東京ブロック代表)は、時代小説で、歴史上に実在した人物が登場する作品です。井伊直弼が出てきて、主人公は若かりし日の直弼に「な、弥市」と呼び掛けられた一言で心を動かされて惚れ込むんです、桜田門外の変に続いて自分が殺されても構わないと思うほどに。でも私は井伊直弼って教科書に出てくるあのいかつい顔しか知らないので、どうしてそこまで思い入れできるのかピンとこなかったんです。だからその時どう心を掴まれたか、さらっとしか書かれていなかったので、それを比喩を使って表現したらどうなるだろうなというのが課題として浮かびました。その作品の中で適切な比喩を議論するんじゃなくて、自分の作品の中で比喩を使っているところを改めて見て、この比喩がベストな比喩か、もっとほかのたとえがあったのではないかなど、比喩の使い方を考えてみよう、と。
志河:
聞いているだけでわくわくします。

“志河紫月以降”の作品を!

湊:
もし本選で即興の作品を書く勝負だったら自信はありましたか?
志河:
僕はそんなに筆が早いわけではないですし、通常は構想を考えるのは書いている時以外なので、即興で書くとしたら文章の美しさを追求した文学的なアプローチになるかもしれません。
湊:
戦略として大いにありだと思いますよ。初戦でエンタテインメントに振り切った作品を見せておいて、本選で俺は文学も書けるとアピールする、みたいな(笑)。
志河:
僕は個人的には純文学が好きなんです。純文学の人間を掘り下げる感じ、文章の芸術性を追求する感じが本当に好きで、好きすぎて、他の方にもそういう楽しみを知って欲しいという気持ちが強くあるんですね。だからエンタテインメントと純文学の融合みたいなことを考えていて、これまで書いてきた作品ではそれを模索してきた形になります。だけどエンタテインメントと純文学って水と油みたいなものだから、なかなか難しいとは思ってます。
湊:
今は境界線もなくなってきていると思うし、どんどん挑戦してほしいです。わざわざ分けなくても自分がまた一つそういう世界を作ればいいと思いますよ。純文学とエンタテインメントの融合が自分が書きたいものだって、明確にやりたいことを持っているのは武器になると思います。後々、“志河紫月以降このような書き方が増えた”と言われるようになるかもしれない。楽しみですね。
志河:
湊かなえ先生がイヤミスという分野をつくられたみたいに。
湊:
来年応募する人にアドバイスを求められたら、まず志河さんの作品を読んで、それより面白いものを書けばいいよって言うと思います。
志河:
僕もまた来年挑戦する資格はあるんですよね。
湊:
もちろん。「高校生のための小説甲子園」ですから。2年連続2回目出場、2連覇なんてこともあるでしょう。ただ、今回のより面白くなくちゃいけないからハードルは上がりますよ。
志河:
自信はあります。受賞直後は学校生活との折り合いで、期末試験があったので、執筆の時間がなかなか取れずにいたんですけど、意欲の方では変化が起こって、次に書く作品をどうしようというのはずっと考えて今書いています。
湊:
高校生だからみんな日々進化していると思います。ご健闘を祈ります! 今回応募した人はもちろん、他にもたくさんの新しい可能性に出会えることを楽しみにしています。

(構成・文/神田法子 写真/冨永智子)

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