第4回高校生のための小説甲子園本選レポート

2020年にスタートした「高校生のための小説甲子園」は、今年で4回目。全国の高校生から寄せられた応募作品から地区ブロック代表作品を選び、各ブロック代表者が本選で短編小説を執筆。その出来映えで全国一となる優秀賞を決める「甲子園形式」の小説新人賞です。今年から選考委員に就任した村山由佳先生が待ちかねる集英社に地区ブロック代表が集結。今年も「小説」の熱戦が繰り広げられました。10月に行われた本選の1日を抜粋してレポートします!

午前
村山由佳先生による講演
【本選】その場で出されたお題で短編小説(作文)を執筆
午後
ワークショップ「それぞれの応募作品にキャッチコピーをつける」
本選作品に対する講評、および優秀賞・特別賞の発表
村山由佳先生の挨拶と自己紹介から、笑顔でスタート!
 意気込みが表情に滲む参加者8名に、村山由佳先生がにこやかに呼びかけます。
「おはようございます。みんなきっと、めちゃめちゃ緊張してるよね」
 そんな言葉から、「第4回高校生のための小説甲子園」はスタートしました。
「みなさん、昨日は寝られましたか? リラックスしてこそ実力が出せると思いますので、今日は楽しんでいきましょう」
 と、村山由佳先生の挨拶を受けて、やや緊張した面持ちの8名から笑顔が零れます。まずは自己紹介タイムとなりました。

 北海道・東北ブロック代表の後藤恵生さんは「今まで小説をほとんど書いたことがなかったので、今日はみなさんからいろいろ吸収できたらいいなと思っています。
 応募者多数のため、今年の東京ブロック代表は2名選ばれています。一人目の織田みつきさんは「ずっと一人で書いていたので、こんなにすごい文章を書ける人がいっぱいいると知れて嬉しいです」。もう一人の遠藤泰介さんは「昨晩は8時間寝てきたのでばっちり大丈夫です!」。東京以外の関東ブロック代表は藤原和真さん。実は昨年に続き2年連続の選出です。「2年目だから自分だけ緊張しないかと思ったけれどやっぱり緊張しています(笑)」。
 東海・北信越ブロック代表のとわさんは「すごい文章を書く方々とご一緒できて光栄です」。近畿ブロック代表の田平麻莉(応募時ペンネーム・あさり)さんは「すごく緊張して、今、手が震えています」。一方で、中国・四国ブロック代表の月途太陽さんは、ややリラックスした声で「今日はよろしくお願いします」。そして九州・沖縄ブロック代表の千歳美紅さんは「緊張しているんですけれど楽しみです。頑張ります!」と、それぞれの気持ちを交えて自己紹介してくれました。
 言葉を交わし、やや緊張がほぐれたところで、いよいよ本日のプログラムがスタート。
 まずは、村山由佳先生による講演です。
村山由佳先生から作家の卵たちへのメッセージ
「『好き』を続ける意味と、自分の作品を客観視する大切さ」
「みなさんが小説を書きたいと思ったきっかけは何でしょう? 私は、幼稚園の頃、周りの友達が『ケーキが好きだからケーキ屋さんになりたい』って言ってた頃から『お話が好きだからお話を書く人になりたい』と思っていました。実家の本棚にはたくさんの本があって、子どもながらに『物語には必ず書いた人がいる』と意識していたんだと思います。そして『自分の名前で、こういう本を書きたい』と思ったのが、物語の書き手になりたいと考えた最初のきっかけでした。
 小学2年生の時には、国語の教科書に載っていた話の続きを書いて、先生に見せたら昼休みの放送で読んでもらえて、それはもう晴れがましい気持ちになったことがあります。中学、高校と進学する間もずっと書き続けていて、友達にせがまれたので、大学ノートに書いた小説を回覧していました。授業中でも自宅でも、とにかく小説ばかり書いていた。書き手仲間もいたから、学校内で同人誌を作って、みんなで回し読みしてたんですよ。これが、すごく勉強になりました。冊子にする時には、誰がどの作品を書いたのか分からないように編集されていて、お互いに感想を出す時も忖度なしに伝えられるんですね。
 小説は、『人に読まれる』のを意識して書くのが大切です。自分の頭の中にあるのと同じ光景を、同じ感情を読者に伝えるには、どんな言葉で、どんな順番で描写を重ねていけばよいのか。自分の作品を一旦突き放して、描写が足りないところ、書きすぎているところ、独りよがりなところ……そういったものを客観視する、俯瞰で見る目を持つのが大切です。
 当時の同人誌仲間は、表紙を描いてくれた絵が上手い子は芸大へ行ったし、編集役をやってくれた子は編集者になって、小説家になったのは私ともう一人。新聞記者になった子もいます。『好きなこと』をずっと続けていく人は、やっぱりそういう道へ進んでいくんだなと、振り返ってみると、改めてそう感じます。新人賞を目指していた時期に、最後の8本に残ったけれど、受賞できなかったことがありました。ある時懐かしくて、その選考結果が掲載された雑誌を取り出してみたら、最終選考作品の中に、自分と並んで鈴木光司さんと羽場博行さんのお名前があって驚きました。やっぱり、世に出てくる人は書き続ける人。みなさんも、書き続けていくことが何より大事だと思います。そして、続けていくためには『自分にしかこの世界は書けない』という題材を見つけて、それと地道に向き合うこと。さらに、書きながら『ここはよく書けたぞ』という部分より『ここはちょっと上手く書けなかった』と感じた部分も大切にしてください。
 自分の作品を客観視するという意味では、『編集者の目』からも大きな学びが得られます。実例をひとつ挙げますね。

すべてがここから始まると二人ともが思っていた。
似てはいたが違っていた。
それは、すべてが終わる始まりだったのだ。


 これは、のちに直木賞をいただいた『星々の舟』という作品の一節です。
 結ばれてはいけない二人が結ばれ、章が終わる。自分で書いていてカッコいい!と思ったんですが、編集者からは『後半の2行、要らないんじゃないですか?』と指摘されました。最初の1行で、読者には『二人ともが思っていた=そうはならないな』と分かるはず。だったら残りの二行は蛇足です。つい書いてしまいたくなるけれど、その気持ちを抑えなくてはならない時もある。こういう指摘は編集者からしかもらえません。
 みなさん今日は、この後のワークショップや本選で、私から様々な指摘をされると思います。だけど、それを怖がらず、自分の書きたいように書いてください。たとえ蛇足だったとしても、『今』自分が書きたいなら書いていいんです。これから与えられる課題に対して、瞬発力で書くということは本当に緊張すると思いますが、自分だからこそ伝えられる世界、自分が見たい世界をのびのびと書いて、その上でちょっと『俯瞰の目』を意識してもらえたら嬉しいです。みなさんの作品を、楽しみにしています」
いよいよ本選へ。第4回は『涙』をお題に短編小説を執筆
 講演ののち、本選のお題が発表されました。「涙」です。
「高校生のための小説甲子園」本選では、その場で発表されたお題について、80分の時間で400字詰め原稿用紙2〜3枚の短編小説を書きます。書くツールはPCでも(タブレットやノートPCを持参している参加者もいました!)スマホでも、もちろん原稿用紙に手書きでも構いません。
 作文タイムが始まると部屋はしんと静まり返り、やがて8人はそれぞれ自らのツールを手に執筆に没頭します。制限時間ぴったりで作品を提出する人、10分間の延長時間までフルに使ってじっくり取り組む人など、八者八様の執筆模様が繰り広げられました。
 作文タイムを終えたら、お待ちかねの昼休憩。参加者には、美味しいお弁当が準備されています。「小説を書くのが好き」という共通点があるせいか、食事を摂りながらの会話が弾み、和気藹々としたとてもいい雰囲気に。参加者同士でLINE交換する人もいたようです。
まずはブロック代表作品についてのワークショップ。
「編集者の目」で作品を推すキャッチコピーを書いてみよう!
 午後の部が始まると、参加者を会場で待っていた村山先生からは、開口一番「みんな天才じゃない? 選考委員として何を言えばいいのか、頭の中がパンパンです」の言葉がこぼれ、参加者一同の笑顔を誘います。午後のプログラムは、ワークショップから再開となりました。

 ワークショップの課題は、8名それぞれのブロック代表作品を「本として売る時、オビにどんなキャッチコピーをつけるか」。村山先生からの作品講評を交えて進めていきます。
「作品を俯瞰して見て、読者へ届ける時の橋渡しになるようなオビのコピーを書く。みんながここまでやってきた執筆というのは,作家としての仕事だけど、オビを考えるのは編集者の仕事。それを体験することで、自分の作品を客観視する練習をするのが、このワークショップの狙いです」
 このワークショップで重要なのは、編集者の視点です。そこで、村山先生のみならず、集英社文庫の栗原編集長からも様々なアドバイスがありました。
己の美を永遠のものとすべく肖像画を描かせた女帝と、彼女が治めた国の物語
『あなた以外のあなたの淘汰』のオビ
「剪定は続けられる。」(藤原和真さん)
「あなたはきっと“美しさ”を知る」(田平麻莉さん)
「作者である藤原さん自身の『剪定は続けられる。』は、『選定』ではないのかなと思ったんですが、『女帝を根、絵画を枝』と捉えてこの単語を使っているそうです。読み終えた人が寸評として読むと面白いんですが、まだ読んでいない人に向けた言葉としてはちょっと不親切かも。田平さんの『あなたはきっと美しさ≠知る』、後藤さんの『私の王には、美しさの魔人が取り憑いている』もいいですね。『美しさ』というテーマがみなさんに刺さっている。タイトルからではこのキーワードは分からないので、オビに出すのはとてもいいです。そのキーワードに、どんな言葉を組み合わせるのか。作中から抽出した言葉を使う場合と、作品のテーマから想起される新たな言葉を使う場合があります。読者にこの作品をどう見せたいかというスタンスをはっきりさせた上で考えると、まとまりやすくなりますね」
偶然、友人グループから離れ、知らない女性と観覧車に乗ることになった「私」が気づいたこと。
『囀る観覧車』のオビ
「二人きりの観覧車で、小鳥は静かに笑う。どうですか、雨の日の観覧車は」(月途太陽さん)
「ページを捲る。ゴンドラが揺れる。一周するまで降りてはならない。」(藤原和真さん)
「月途さんの『二人きりの観覧車で〜』のオビはセンスがいいですね。作中の要素をうまく抽出して雰囲気を伝えながら、どういう作品なのか言い切らない。そのバランス感覚がいいです。藤原さんの『ページをめくる。ゴンドラが〜』のオビがもしついていたら、私はこの作品をサスペンスだと思いそうです。短い文を重ねて切迫感を出すやり方は、印象的なオビを作る手法ですが、選ぶ言葉や文章の長さでテイストが変わってくるので注意が必要です」
母との関係に悩む少女・海は、学校をサボって訪れた海辺で、海翔と名乗る女性と出会う。
『沈黙の海』のオビ
「あなたの言葉で波が引いていく。」(後藤恵生さん)
「溜め込んだ思い。感情の津波。ちゃんとするってなんだ――。」(千歳美紅さん)
「みなさん、『海』というキーワードを上手に使っています。海にアプローチする言葉選びで、『自分を少し変えてくれる穏やかな存在』と捉えている方と、『激しいもの』と捉えている方がいて、その違いが面白い。遠藤さんの『海は穏やかだけど津波のような危険性を孕んでいる』や、千歳さんの『感情の津波』の津波≠ニいう言葉は、主人公と母親の衝突を想起させてくれる。単純に『海』を中心に据えるだけでなく、その他にも大きな問題提起があることを伝えてくれるオビで、とてもよいと思います」
講評を通じて送られたのは、すべての書く人に留意してほしい「あるある」ポイント
 ワークショップは、ブロック代表作品についての講評も交えて進められましたが、村山先生からは、「作品への注文、でもここにいる全員に当てはまることです」として、書く時に注意を払ってもらいたいことがいくつも例示されました。

「みなさんに意識してほしいのは、自分の作品に『企み』を持つこと。『企み』とは、自分の作品を、自分が一番望む届け方をするにはどうすればいいか考えることです。後藤恵生さんの『わたしとおとうと』では、性同一性障害の『弟(妹)』をどのように受け止めるか主人公が悩む姿が描かれています。ならば、文章の中で『弟』と呼ばず『あなた』『あの子』など別の呼び方で表現し、ラストで初めて『弟』と呼びかけることで、主人公の受容を響かせる。これが、企みの一つの例です」
「『〜〜のこと』『〜〜すること』という表現はなるべく使わずに書くことを意識しましょう。私もデビュー直後に編集者から『なるべくこと≠使わないで書いてごらん』とアドバイスを受けて意識するようになりました」
「書く時に、難しい熟語を使わないのも大事です。たとえば『囀る観覧車』でとわさんが使った『驟雨(しゅうう)』という言葉は『突然降る雨』という意味。でも、これをひとつひとつ自分の言葉に置き換えたらもっとよくなる。激しい雨とはいったいどんな雨だったのか。自分の言葉で描き出してみてください」

 今回のブロック代表作品には、「性同一性障害に触れたものが2作品ありました。村山先生はここにも言及。
「これからみなさんがいろんな小説を書いていくにあたって、自分が知りたい、理解したいという強い思いを持って、LGBTQを始めとして差別にふれることはあると思います。でもこれらは、自分がどれだけ真面目に向き合っているとしても、自分の作品が誰かを傷つけるものになっていないか、題材として扱える力が今の自分にあるかということも含めて、より真剣に考えないといけない題材です。それを覚えておいてほしいです。これは私自身への自戒も込めて、ぜひお伝えしたい言葉です」

 ワークショップの後半は、村山先生への質問タイム。プロに直接質問できるまたとない機会とあって、参加者からは「書く」ことにまつわる様々な質問が寄せられました。
――小説家になるために高校生時代にやっておくべきことは?(千歳美紅さん)「とにかく『読む』ことです。自分の中にどれだけ多くのひな形があるかで、書ける小説の幅は全然違ってきます。情景描写にせよ台詞にせよ、私はすべて今まで読んできた作品に学んでいます。自分の好きな作品を、とにかく読みまくること。プロになったら小説を読む時間は非常に作りづらくなるので、学生の間が『読む』チャンスです」
――スランプになった時の脱出法は?(田平麻莉さん)「スランプって、自分のダメなところが見える時なんです。作品を見る目ができて、自分の書いた物がダメだと分かるから苦しむわけ。つまり、スランプとは『伸びようとして伸びられずにいる』重要な機会といえます。苦しくても、自分が納得できる作品が書けるように努力する時期と捉えられるといいですね。自分にとってはそうでした。書けなくなってしまった時は、自分の好きな小説を読む。自分はこういう物が書きたかったんだ、と初心を思い出すと、案外元気が湧いてくるものですよ!」
――登場人物の性格の作り方は?(織田みつきさん)「私は、登場人物を作る時にあまりモデルを立てないタイプです。それよりも、私の中にある様々な面を切り抜いて登場人物の性格を作っていますね。『今回は水色の爽やかな部分を出そう』とか、『今回は思い切り黒いものを出してやる』とか。みんなも、親や兄弟や友人など、相手によって自分の違う面が出たりしませんか? 私はそういう一面にブースターをかけて誇張して書いています。技術としては、自分の中に湧き起こった感情をひと言で言い表せないなと思ったら、できるだけそれを言葉にする訓練をしておく。そうすると、いろいろな人間の感情が書けるようになると思います」
 など、他にも時間いっぱいになるまで、活発な質疑応答が繰り広げられました。
いよいよ結果発表! 村山先生が選んだ作品は?
 静かな熱気漂うワークショップの時間が終わると、結果発表の時間です。
 一列に並んだ参加者を前にして、村山先生の口から出たのは、純粋な驚きの言葉でした。

「お世辞でもなんでもなく、みなさんが書いてくれた本選作品を読んで、本当に驚きました。みんな応募作からガラッと作風を変えている。応募作を読んだ時点で私たちはある程度『この人はこういう書き方をするんだろうな』と予想していたんですが、それを遥かに超えた作品ばかりでした。それをこの時間で書き上げられたことに、本当に敬意を表します。高校生のみなさんは、小説を書くことにおいても育ち盛りなんだなと、本選作品を読んで強く感じました。たったこれだけの時間でも、ぐんぐん伸びている。いずれも素晴らしい作品なのに、私はここから選ばなきゃならない。それが本当に悩ましかったです」

 ここで一息ついて、いよいよ審査結果が発表されます。
 優秀賞は、東海・北信越ブロック代表、とわさんが書いた『過去の夢』。何気ない日常の瞬間を切り取り、小説にする手腕。そして、自分が見ている景色を言葉に置き換えていく力が高く評価されました。
 審査は、本選で限られた時間とお題というイーブンコンディションの中で、執筆した参加者の力の出し切り方が大きく加味されていて、その観点から優秀賞が選出されました。今回はさらに、村山先生がどうしても表彰したいと選んだ2本の作品に、特別賞が贈られることになりました。
 特別賞一人目は、関東(東京以外)ブロックの藤原和真さんが書いた『サービス・ライフ』。2年連続ブロック代表に選出された実力の持ち主で、ブロック代表作品も、限られた時間で書く本選作品でも、しっかりと力を出せていて、しかも藤原さんならではの個性がある点が評価されました。
 特別賞二人目は、近畿ブロック代表、田平麻莉さんが書いた『純』。ブロック代表作品でも言及された、文章のよさとセンスを高く評価されての受賞となりました。

「本当は、全員表彰してあげたいぐらいなのですが、今回は突出した人を選ぶ場なので、心を鬼にして3本選ばせてもらいました。でも、本当に、ここにいる全員に書き続けてほしい。みなさん、文学賞に応募することも考えてみていいと思います。たとえ落選したとしてもすごく勉強になりますし、目標を高く据えるのはよいことなので。きっと、すぐにプロになって、私のライバルになる人が出てくるんじゃないかな。そうしたら『あの年の小説甲子園に私は出場してました』って教えてください。楽しみにしています」

受賞した3人には村山先生が表彰状を手渡して祝福。さらに、集英社文庫の栗原編集長から、参加賞として図書カード1万円分が、「ぜひ様々な本を買って読んで、文章を磨いてください」の言葉とともに、参加者全員に贈られました。

 優秀賞を受賞したとわさん、特別賞を受賞した藤原和真さん、田平麻莉さん、本当におめでとうございます。
 表彰式の後は撮影タイム。全員揃っての記念撮影や、村山先生が一人ずつにサインを書きながらの撮影タイムで、最後まで和やかな空気の中、第4回本選は終了しました。瑞々しい感性を持つ8人の今後の飛躍に期待しています。
《取材・文》増田恵子

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