第3回高校生のための小説甲子園本選レポート

 第3回を迎えた高校生のための小説甲子園。コロナ禍の影響で、第1回の本選は中止、第2回はリモートでの開催。第3回にして初めてブロック代表たちが東京の集英社に集結!
 予選通過作品をまとめた小冊子と課題が事前に渡され、各自、それぞれライバルたちの作品を読み込み、課題の答えを用意して当日に臨みました。
 10月に行われた本選の1日を抜粋してレポートします!

午前
3つの課題によるワークショップ
その場で出されたお題で短編小説(作文)執筆
午後
特別賞選出および優秀賞発表

湊先生から事前に出された3つの課題

  • あなたは「りんご売り」です。目の前にいる客に、それぞれの「りんご」を購入させる「売り文句」を考えてください。
    1. ひと口食べると死に至る「毒りんご」
    2. 食べた相手が最初に見た人を好きになる「惚れりんご」
    3. 甘くみずみずしい「りんご」
  • ブロック代表作品それぞれの「印象に残った一文」を抜き出してください。(自分の作品は除く)
  • あなたは編集者です。ブロック代表作品それぞれが書籍化された際の帯に書く一文(その作品を読者に届けるための一文)を考えてください。(自分の作品も、謙遜せずにトライする)
湊かなえ先生の挨拶からワークショップはスタート
「皆さん。第3回高校生のための小説甲子園にご応募いただきありがとうございます。そしてブロック代表になられたこと、おめでとうございます! ここに座られていることを自慢してください。
 第3回にして初めてブロック代表の皆さんが一堂に会することができました。今回こうして北海道から沖縄まで皆さんが集まってくれたことを心から嬉しく思っています。
 今日はできる限り皆さんの小説のプラスになることをお話しできたらと思っていますので、肩肘張らずに吸収できる限り吸収して欲しいと思います。そしてワークショップのあとに発表するお題の作文にすべてを注ぎ込んでください。
 それではリラックスして小説について楽しくためになるワークショップをやっていきましょう!」
ちょっと緊張しながらの自己紹介
 ブロック名、ペンネーム、そして今日1日、ほかの皆からどう呼んで欲しいかを順に伝えていきます。
 湊先生からは「先生はいいですから《湊さん》と呼んでください」。
 瀬良垣星さんは「ペンネームの下の名前《星(ひかり)》で」。
 高橋みゆうさんは「《みゆう》って呼んでください」。
 坂上心純さんは「《こずみん》。学校でもそう呼ばれているので」。
 展上茜さんは「《茜》と呼んで欲しいけどペンネームなので、反応が鈍いかも(笑)」。
 藤原和真さんは「苗字《藤原》くんで」。
 そらのくじらさんは「ペンネーム《くじら》《そらの》どちらでも」。
 阿部狐さんは「自分の苗字が好きでペンネームももじったものなので《あべこ》《あべちゃん》などあべが入っていればOK!」。
 クスクス笑いも起こった自己紹介で、緊張もかなりほぐれてきました。
湊先生から作品についての全体の講評と課題の意図の説明
「今回はめちゃくちゃレベルが高かったです。この冊子をこのまま短編集として出版してもお金を取れるレベルと言っても過言ではありません。大変面白くて、若い人の発想や才能に希望を感じました。
 ワークショップの課題は、毎年、ブロック代表作を読んだうえで私が考えて作ります。第1回の時は比喩の練習や構成を組み立てる練習をしてみようと考えましたが、本選は残念ながらできませんでした。
 第2回では文章の中によい比喩が使われていて、構成も破綻なくまとまっている作品が揃っていました。でも、上手だけれど個性が活かされてないと感じたので、個性を出す練習をしました。たとえば『あなたがパン屋さんだったらどんなパンを作って売りますか』という課題。これには『遺骨パン』のようなユニークな答えも飛び出してきました。ほかにギャップやズレの練習、また、『言葉を3つ選んで物語を作る』という、よその世界から与えられた言葉から物語を発想する練習をしました。
 第3回はさらにレベルが上がって、そのような練習をしなくていいほど個性的な作品が揃いました。評価項目のチャートに当てはめていくと他の作品に比べてここがよかったという点がすべての作品にありました。でも逆にどの項目も全部1位という作品はありません。あと3行ここが欲しかった、1箇所ここをこう直したらよかったのに、と思うところがあったので、今日はそこに気づいていってもらいたいと思います。
 小説家になるには戦っていかないといけません。なりたい人はたくさんいます。その中で、自分の書いた文章にお金を払って手にとってもらうためには、何を売りにしていけばいいのか、それを知って戦い方を学んで欲しい。
 そのためには《編集者の目》を持つことが大事。書く時は作家の目でいいけれど、読み返す時は自分の作品としてではなく、自分はこれをお客さんに届ける人なんだ、という目で読んでもらいたいのです。編集者の目で見れば自分の《武器》が何かがわかります。
 今回の課題は《編集者の目で見るため》、という視点で作りました」
皆さんが考えてきてくれた課題の答えと湊先生の講評
課題1 あなたはりんご売りです。目の前にいる客に、それぞれの「りんご」を購入させる「売り文句」を考えてください。
A ひと口食べると死に至る「毒りんご」
「この特性は《毒》です。毒で何ができるか。毒=死につながる。たとえば、こずみんの売り文句、『限りなく自然死に近い結果を』。これは人を殺す方向に使っています。人知れずそっと殺したい人に、《限りなく自然死に近い結果をもたらすので、毒りんごの特徴として跡がつきません》とか、《あなたがやったとバレませんよ》という売りですね。これは上手いなと思いました。
 また、みゆうさんの『たったひと口で永遠の安らぎを』。これは死をもたらすもの、安楽死という意味で使うと考えています。《誰かを殺すために使うのではなくて、自分が死ぬために使いたい》、《苦しんで死ぬよりは眠るように死にたい》、《でも誰かに迷惑をかけてしまうのは嫌だな》、そんな時、目の前に永遠の安らぎを手に入れられる、りんごを食べて、眠るように死ねるならそれがいいと思う人もいるでしょうね。
 こんなふうに《毒りんご》という言葉ひとつにも、《殺したい人》、《死にたい人》など、どういった相手に向けて売り込むのか、どう表現するのかを意識することで、さらに言葉に効果を持たせることができるのです」
湊先生の作例『使わなくていいのです、持っているだけで心が強くなれるから』
――誰かを殺したいとも、自分が死のうとも思ってないけれど、いつでも誰かを殺せるアイテムを持っていると、案外人間は強くなれるのではないかな、と。殺したいとまでは思ってないけれど、誰かを恨んだり、臆病になったりしている人の前に差し出したいですね。
課題1−B 食べた相手が最初に見た人を好きになる「惚れりんご」
「これも特性がはっきりしています。《食べた相手が最初に見た目の前にいる人を好きになるから、今このリンゴを食べて欲しい》ということです。たとえば、くじらさん『一口食べたら世界が色めく! 気になるあの子も、憧れの先輩も、あなたのその手の中に!』は好きな人誰にでも通用しますよ、という売り文句ですね。
 茜さんの『一口食べてあなたを見れば、頬はみるみるりんご色』やみゆうさんの『絶対的な恋を手軽に味わってみませんか』も効果を伝えることができています。
 星さんの『あなたはもう、誰にも嫌われない《数量限定「惚れりんご」》』は恋愛のために使うだけでなく広義の意味で好きになってもらうというのと、数量限定というのがなかなか魅力だと思います。どうしようかなと迷っている場合に数量限定とすると、より強く相手に勧めることができますね」
湊先生の作例『これを使うのはずるい? これから時間をかけて愛を育てていけばいいのです』
――惚れりんごなので相手に自分を好きにさせることができる。《でもこんなことで手に入れた愛は本当の愛なのだろうか》、《惚れりんごを食べさせた相手に自分が好かれてもそこに真の喜びを感じるだろうか》、《そんなことをしないと好きになってもらえないんだと逆に辛くなるのではないか》、《惚れりんごを使ったらライバルに引け目を感じないか》、《アンフェアな手を使った気がしてデートも楽しくないんじゃないか》……。そんな人に向けて、ずるくない、これも一つの手段です、最初に好きになってもらってそこから時間をかけて愛を育んでいけばいいじゃないですかという、そこにつけ込んでみました。
「小説はつけ込んだもの勝ちです。今、どこに隙間があるか。物語を欲しがる人はそれで心の隙間を埋めたいと感じています。その隙間の入口を見つけてどんどん相手の心に入り込んでいくのです。この世界はずるくないと勝ち残っていけません。とにかく隙間に入ってつけ込んでいく、そのために自分の持っている《武器》の特性を知り、相手の心を抉(えぐ)るにはどう使ったらいいのだろうということを考えていってください」
課題1−C 甘くみずみずしい「りんご」
「《毒りんご》、《惚れりんご》のようにわかりやすい武器があれば苦労はしません。市場に出回っているのは普通の美味しそうなりんご、それを手に取ってもらうにはどうしたらいいか。普通のものを売るというのがある意味一番難しいということを知ってもらいたいのでこの課題にしました。
 茜さんの『じゅわりと広がる蜜の味、このおいしさは今限り』。じゅわりという擬音を使うと美味しそうだという《味》にアプローチし、今限りで《鮮度》にアプローチしています。みゆうさんの『艶やかで甘美な赤い宝石』は《見た目》に訴えていてわかりやすいですね」
湊先生の作例『ひと口食べると視線が30度上を向くかもしれませんよ』
――公園で自分の前にある美味しそうなりんごを買ってもらえるとしたら、下を向いている人、スマホを持って歩いている人に訴えたいと思います。《甘くみずみずしい》というのは水分が取れる、気分転換ができるものです。ずっと下を見てここにリンゴ売りがいることにも気づかなかったという人に声をかけることによって、《自分はスマホばかり見ていたな、空なんかぜんぜん見ていなかったな》と気づいてくれたら、りんご一つでそんな気分になれるなら買ってみようかなと思ってもらえるかもしれません。それが実際に成功するかどうかはわからないけれど、今の世の中下を向いている人ばかりなので、そういう人にこのりんごを売りたいなと思いました。
 手段が色々ある中で一つきらりと特徴を見せたい。《これを食べると病気が治りますよ》と言い切ったらまずいけれど、食べたら何か変わるよということがアピールできたら、普通のりんごを買ってもらえるんじゃないかと考えたものです。
「りんごについて考えていると、りんごばかり見てしまうと思います。りんごの特性、《毒がある》《惚れさせる》《みずみずしい》は上手に表現できています。
 次はりんごから一度目を離して、誰に届けるか、ターゲットを見つけてください。ターゲットに対してりんごを使ってその隙間に入り込み、自分の武器を使って物語に昇華していく、ここまでは作家としての目でやります。そこから《編集者の目》を持ってこれを誰に届けるのかを意識すると、どこに届けたいか、今どういう層がりんごを求めているのかなど目の前にある作品の、その向こうの景色が見えてくるのです」
「編集者の目」をさらに磨いて極めるためには
「デビューしたら担当の編集者がつきます。私は最初、編集者がどういうことをしてくださる方かよくわかってなくて、実際に仕事をしながらいろいろなことをしてもらっていたり、思っていたようなことはされていなかったり(笑)。編集者がついたら面白いアイディアを提案してくれるなんて期待は一切しないでください。編集者の役割は武器を与えることではありません。あなたの武器はこれですよと教えてくれる人だと思います。優秀な編集者はさらにその武器の使い方のアドバイスをしてくれます。それで書いたものをよりよくしていくわけですが、デビューするまではそういう相手はいません。
 よりプロに近づくために、そして自分の作品をレベルアップさせるために一番簡単なことは、自分が《編集者の目》を持つことです。編集者の目を持つにはどうすればいいか。自分の作品を読み返しても、これが自分の特性だとすぐわかるわけではありません。自分の文章に慣れるとそれが普通だと思ってしまうし、書いている時は頭の中に絵が浮かんでいるので自分では理解できる、でもほかの人にどれだけ伝わるのかはわかりません。
 だから他の人の文章を読むのはとても大切です。《編集者の目》を持って他の人の文章を読んで、ここがこの人の武器だなと見つけられれば、自分の武器も見つけやすくなるものなのです」と湊さん。
印象に残った一文にマーカーをひいていくと……
課題2 ブロック代表作品それぞれの「印象に残った一文」を抜き出してください。(自分の作品は除く)
 課題2に移り、自分以外のブロック代表が選んだ「印象に残った一文」に蛍光マーカーを引いていきます。
「マーカーを引くと、《後半にいい形で締めようと思って力を入れたので、印象に残る文章が後半に集中しているな》とか、《前半に多いからつかみはOKだった》とか、《章が切り替わる時に、次への興味を引くことができたな》などが一目瞭然になります」と湊さんからこの作業の意図が明かされました。
「ここが選ばれるとは意外」「書こうかどうしようか悩んだところでした」という意見がある中、藤原くんのように「ある意味予想通りでした」など計算通りの結果だった人も。また後半と前半にマーカーの分布が多かった阿部狐さんは「物語的には、つかみがあって、終わりにかけてもよかったけど、中盤はマーカーがあまりなくて、ちょっと中だるみしてしまったのかな」と自己分析していました。
《編集者の目》で読んでみんなの作品の帯文を考えてみよう
課題3 あなたは編集者です。ブロック代表作品それぞれが書籍化された際の帯に書く一文(その作品を読者に届けるための一文)を考えてください。(自分の作品も、謙遜せずにトライする)
 3つ目の課題は、作品を読んで考えてきた全員分の帯文をホワイトボードに書き出し、それぞれが自分の作品に相応しいと思った一文を選びます。
「いよいよ皆さんは読者に作品を届けます。書店やネット上には本は溢れかえるくらいあります。その中から皆さんの本を手に取ってもらうことが重要です。読みたいと思わせる、《この作品の売りはここだ》という一文を書く必殺技を磨いていきましょう。
 本は人に読んでもらって初めて本になります。それまでは鍋敷きと一緒です。戦隊モノだったら最後に必殺技を持ってきますが、本の場合は一番最初に必殺技を持ってきます。それが帯の文章です。ここが編集者の腕の見せ所で、その目を持っていたら自分の作品にも活かすことができます」
 たとえば『まどろみの星』(現在Webに全文掲載)の帯文には、作者の茜さんは、こずみんの考えた「『彼』はひとり、壊れた星で声を紡いでいる」を選びました。
「静かさみたいなのが印象的なお話で、綺麗な情景が伝わってくるので、ロボットとかそういう要素は入れないでいいと思いました」とこずみん。
 AIやロボットという言葉を使わずに「彼」として、どんな話なんだろう、これから何が起こるんだろうと読者に興味を持たせる帯文です。
 それぞれの作品に、編集者顔負けの帯文が選ばれていきました。
いよいよ作文タイム。先生からのお題は『財布』
 湊さんの口から作文のお題が発表されました。
「財布」です。
 800字を約1時間で書き上げます。タイトルもつけて無記名とし、全員で読み合い、よいと思った自作以外の作品に投票して、参加者皆で選びます。
 すぐにパソコンに向かう人、しばらく宙を見つめ頭の中でまとめてから取り組む人、集中力の高まりが感じられます。原稿用紙にして2枚。皆が書き終えたのち、すべての作品のコピーが配られ、じっくりと読んでその中で自分が一番好きだと思う作品に投票。湊先生、同席した編集者も同様に1票を投じました。
湊さんから作文の講評とお題の理由
「今日は皆さんに私たちも勉強させていただきました。いきなり出されたお題にきちんと物語を作ってくれました。ありがとうございます。時間が決まっていて、よその世界から来たテーマに対してどうアプローチしていくか、いつもの書き方と違うスタイルにも気づいたのではないでしょうか。ライブで小説を一本書いたのは自信になると思います。本当に完成度の高いもので、一発勝負で、1時間でこれだけ書けるのはレベルが高いです。デビューしたら即戦力になると思います。
 さて、なぜ財布というテーマを出したかというと、海外に行った時、現金を使ったのがホテルのチップだけで、あとはカードや電子マネーで済んでしまいました。お金や財布の意味が変わったなと思ったんです。私の世代では財布は貴重品であり、豊かさの象徴でもありました。風水で黄色い財布がいいとか春に財布を買うとお金が貯まるなど豊かさをもたらす縁起担ぎがあったり、就職や入学祝いなど人生の節目に贈り物とされたり、とても重きを置いたものです。でも、今の高校生にとって財布とスマホのどっちが大事と聞かれたらどうなのか、財布というのはどんな存在なのかを知りたくて書いてもらったというところもあります。
 財布の価値観に触れた作品、財布やお金に価値のない世界を書いた作品もありました。短時間でなんでこんなことを思いついたんだろうと感心するほど色々な捉え方があり、財布という一つのものを見るだけはなく、どう見せるのかという点では、前半のワークショプも活かされていたと思います。
 時々、そういうよその世界から持ってきた課題に取り組んでみたり、今まで考えてもみなかったものについて考えるのも勉強になると思います」
作文の投票の結果と表彰
 投票の結果は、どれもほぼ差がなくて、誰かの作品を必ず誰かが選んでいる、という拮抗したものとなりました。その中で一番票を集めた「不器用な財布」を書いた高橋みゆうさんに特別賞の賞状と記念品が授与されます。
「このような賞をもらってとても嬉しいです。皆さんの作品もとても面白くて、すごいと思いました。ありがとうございます」とみゆうさん。
 そしてお待ちかねの優秀賞は『まどろみの星』の展上茜さんが受賞。
「最初、自宅に冊子が届いて読んだときに、どの作品も本当に素晴らしくて。学校に文芸部がなくていつも一人で書いていたので、これだけの作品が書ける高校生が全国にいるんだということが嬉しくて。ライバルでもあるんですが、同時にこれだけの作品を書いてくれる高校生がいるということが本当に不思議な感じがして。言葉が浮かばないけれど何より光栄です」と茜さん。
 おふたりともおめでとうございます!
 最後に記念写真を撮り、連絡先の交換をして、新しい仲間ができた喜びを噛み締めつつ、第3回の本選は終了しました。
 湊かなえ先生はこの回をもって選考委員の任期を終えられます。
《取材・文》神田法子

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