モンゴル帝国の始祖チンギス・カンの生涯を描く歴史大河小説『チンギス紀』。今年五月に一、二巻が同時刊行され、この度、待望の第三巻が刊行されます。これを記念して、今年八月に行われたトークライブ「文学と音楽の地平線」の模様をダイジェストでお届けします。
著者・北方謙三さんのトークのお相手は、ダンサー・俳優として活躍中の橘ケンチさん(EXILE/EXILE THE SECOND)。読書好きが高じ、本を通してファンと交流する場として、ブログ「たちばな書店」を立ち上げ、店主としても活動されています。果たしてどんな話が飛び出すのか。抽選で選ばれたおよそ三百名の招待者が見守る中、イベントは【第一部】北方さんの講演からスタートします。
構成=佐々木康治
「青春と読書」2018年11月号掲載
すごいな! 今日は女性ばっかりだね。私の講演会は九割ぐらい男なんです。だから本日はアウェー感が強い(笑)。あのね、私は細菌みたいなもんです。北方菌。それを今日ばらまきます。そうすると全員感染する。潜伏期間は三日から一週間。発病する場所も決まってます。書店さんの前。わかる? そして私の本は全部買ってしまうという、そういう病気にかかりますからね。(「やっとわかった」という声)やっとわかったじゃない(笑)。
(旅行先の)ホテルの前のベンチに座って煙草を吸っていたら、そのホテルのかわいいコンシェルジュの女の子が隣のベンチに腰をおろした。すると彼女のところに、真っ白なワンピースを着た小太りの黒人の女の子がぱーっと走ってきて抱きついた。それで何か二人でしゃべっている。何をしているのかと思ったら、フランス語が読めない女の子にコンシェルジュの女の子が本を朗読してあげていたんです。すると、その太った女の子がハンカチ握りしめて、ぐーっと上を向いて、ぽろぽろ泣いているんですよ。あごの先からぽたぽた白いワンピースの上に涙が落っこちているんです。それを見た瞬間に、ああ、物語っていうのは、こうやって人の心を動かすことができる。自分は物語を書いていていいのかと思ったけれど、書いていていいんだ。帰ったらまじめに仕事をしようと思ったんですね。
極端に言うと、人間が生きていくためには、本なんて要らないんです。これから橘ケンチさんとお話ししますが、彼がやっている音楽だって要らないんですよ。映画だって要らない。米と水と塩ぐらいは要る。それで命は維持できますよ。だけども皆さん、あの音楽に救われたなとか、あの映画を見てよかったなとか、あの小説を読んで豊かになったなと思えたりするんです。それが創造物の力。創造物を持ってるのは、人間としてとっても幸せなことで、人間らしいことなんです。
今日はとても本のお好きな橘さんと、本についての談義をします。皆さんの心の中に何かが残ってくれたら、ここで話した甲斐があるなと思います。
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