登場人物の容姿や癖など、細かく描写されていますがどうやって調べていらっしゃるのでしょうか。またロベスピエールは実際どれくらい小さかったのですか?
芸術大国フランスだけに、革命家の肖像画も多く残されています。高名な画家ダヴィッドの手になるような油絵だけでなく、素描画、風刺画の類も少なくありません。美化されていない素顔が垣間見えるようで、かえって興味深かったりします。容姿もそうですが、わけても癖や仕種については、個人の回想録の類が役に立ちます。マラがアトピー性皮膚炎で、いつも患部を掻く癖があったことなど有名ですよね。ロベスピエールの身長ですが、正確なところはわかりません。ただ小男というのは定評で、大男のミラボーと行動を共にしていたときなど、「ミラボーの猿」と綽名されたほどでした。でこぼこコンビは「プロヴァンスの松明、アラスの蝋燭」などとも揶揄されています。
書いてて、一番好きなキャラクターは誰ですか。
また感情移入しやすい人は? 憧れる人は?
一番好きなキャラクターは、カミーユ・デムーランです。檄文を飛ばすくせに、すぐ泣いたり、女の尻に敷かれたり、主義主張までコロコロ変わってみたりと、革命家には珍しく等身大のキャラクターです。憧れるのは、そりゃあミラボーですね。できる男ですし、その言動にも独特の、しびれる格好よさがあります。感情移入しやすいのは、意外やロベスピエールなんです。極論に走りがちなキャラクターですが、その分だけ、まっすぐで、わかりやすい。魅力的とは思わせないだけ、かえって危ういのかもしれません。
いつも迫力ある演説の描写などにしびれています。佐藤さんといえば、地の文から独白が続き、カギカッコで締めくくる文体ですが、書いているときはしゃべりながらリズムを考えているのですか?それぞれの人物になりきっているのではと想像しています。
演説についていえば、なるだけ本物を入れるようにしています。議事録や新聞を通じて、かなり詳しくわかりますから。ただフランス語なので、ひたすら正確に日本語に訳すと、非常に読みにくくなります。無駄を削り、不足を補いながら、伝わりやすい文章に練り上げていくわけですが、そういうプロセスでは、ええ、やっぱり声に出していますね。なりきって、ポーズを決めたりなんかしながら。
フランス革命と日本の明治維新は、どこが同じでどこが違うと思われますか。
日本の江戸時代は、フランスでは「ショーグン制ジャポン」と呼ばれて、自国の絶対王政、つまりは革命用語にいう旧体制(アンシャン・レジーム)と、しばしば比較されています。どちらも強権的な体制という印象ですが、実は国家としては不完全で、矛盾に満ちたものでした。近代国家成立のためには壊さなければならなかったと、それはフランス革命も明治維新も同じだったと思います。けれど、壊すときの大義名分が違う。明治維新は天皇という、いっそうの「古さ」を利用しました。他方でフランス革命は、民主主義という「新しさ」です。ために過去の破壊という意味では、フランス革命のほうがより徹底していると思います。王さままで殺してしまったわけですからね。
ネッケルという人物は、結局有能だったんでしょうか、無能だったのでしょうか。知らぬ間にいなくなっていましたが。
難しいですね。本当に知らぬ間にいなくなって、つまりは結果を出していませんから。平民で、しかも外国人でありながら、大臣に抜擢されたのですから、それまでの実績は確かに図抜けていたでしょう。いいかえれば、実業家としては非常に有能だった。従前の大臣は大貴族か高位聖職者でなければ学者肌という感じで、それが財政再建できずにきた、フランス経済を悪くするばかりだった、ために実業家が期待を集めたと、そういう流れだったのでしょうが、今の時代で考えても、辣腕の投資家やベンチャービジネスの社長が、いきなり政治の世界で通用するわけじゃありませんよね。ネッケルの場合も政治家としての能力には疑問符がつくと、そんな感じで私は捉えています。
執筆にあたり、実際にフランスに取材に行かれましたか。そのときの面白いエピソードがあれば教えてください。
パリ、ヴェルサイユ、プロヴァンスと回ってきました。取材で行くと、趣向を凝らした展示をみるより、建物そのものをみる感じになるのですが、例えばヴェルサイユ宮殿でも、鏡の回廊は歩いて何歩か、走れば何秒で抜けられるかとか、そんなことばかり調べていたので、他の観光客には怪訝な目でみられました。 楽しかったのは、プロヴァンスです。マルセイユなんか、けっこう荒っぽいところで、フランスという国の印象が違ってしまうくらいでした。革命の初期の指導者ミラボーがプロヴァンス出身、ゆくゆく国歌になっていくのが「ラ・マルセイエーズ(マルセイユ義勇兵たち)」なわけですから、こいつらが革命を起こしたのかと、妙に納得できましたけれど。
毎月毎月の連載をこなすのは大変だと思います。集中力を維持する秘策は?
とにかく、自分のペースを守ることです。月曜から金曜まで、それぞれ予定の仕事をこなす。どれだけ調子が悪くてもやりますが、逆に調子が良くても、それ以上のことはしません。それは一日のサイクルでも同じで、午前に五枚、午後に五枚という感じで、絶対に崩さない。それを続けていると、一種の条件反射で勝手に集中力が高まる気がします。
今年で作家生活十五年目ですが、デビュー当時と今と、一番変わったことは何ですか。
筆が進まなくなりました。デビュー当時は一日に二十枚、三十枚、徹夜なんかすると、五十枚と書けてしまったものですが、今は十枚がやっとです。 あの頃は体力があったからと、そういう話ではありません。ばんばん書けたはずです、あんな、どうしようもない文章なら。楽しかったはずです、なんにも考えていなかったのですから。今は一行を書くにも、あれこれ思い悩んでしまいます。遅筆は成長の証だなどと開き直れば、それもまた叱られてしまうのかもしれませんが。
ミラボーが四十二歳で死んでふと思ったのですが、登場人物たちは皆若いですね。これは当時の寿命を考えると特に若いということはなく自然なことなのでしょうか。今の日本では、三十代の人間なんて、まだまだ若造ですが。
もちろん、今の感覚はあてはまらないと思います。三十代、四十代で老成している人材は珍しくなくて、例えば同じ時代のイギリスの総理大臣ピットなども、まだ三十代の若さでした。ただピットの場合は貴族議員で、つまりは世襲の地位ですから、若年での台頭ということもありえるだろうと。フランスの議員の場合は選挙で選ばれ、それが三十代、四十代が多いとなると、この時代の感覚にあてはめても、やや若いかなという気はします。のらりくらりとして進まない、今のおじいちゃん政治と比べるまでもなく、革命政局の目まぐるしさは、確かに若さを感じさせるものですよね。
全国三部会の議員たちは無給だったのですか。だとしたら、貴族や聖職者はともかく、第三身分の議員はどうやって生計を立てていたのでしょうか。議会中は働くどころではなかったのではないですか。
議員たちは有給で、日給十八リーヴルという史料があります。五百グラムのパンが四スーから五スー、一リーヴルが二十スーですから、五分の一リーヴルから四分の一リーヴルと換算される値段でした。そこから試算類推してみると、そうですねえ、今の日本の金銭感覚で、日給二万円から三万円という感じでしょうか。 暮らしが立たないわけではない。けれど、秘書を雇ったり、広報紙を印刷したりと出費のほうも嵩んだので、やはり一般の議員は楽ではなかったようです。革命に伴う行政改革で、判事、検事、評議員などのポストが新設されると、ちゃっかり兼職するという議員も少なくありませんでした。